戦女神の神殿にて
クリスを逃がした後のカイゼル達の戦いは凄惨なものだった。味方は次々と倒れ、カイゼルも遂に力尽きる。彼が最期に見た光景は、自分の喉元に槍を突き立てる敵兵の姿だった。
「‥‥ここはどこなんだ?」
深淵に沈んでいた意識がゆっくりと浮上し、目を覚ましたカイゼルの第一声がそれだった。意識を手放している間に、辺りの状況は一変していたのだ。掃除の行き届いた部屋、センスの良さを感じさせる調度品、そして自分が横たわったベッドに敷かれた清潔感溢れる白いシーツ。先程まで自分がいたはずの血生臭い戦場とはかけ離れた平和な光景に、カイゼルの頭は混乱した。
「私は残った兵達と共に戦って死んだはず‥‥」
カイゼルは喉元に手をやった。そこには敵兵に槍で突かれた致命傷があったはずだが、跡形もなく消えている。それどころか全身にあった傷が綺麗に消え失せていた。
「傷は消えているが、あれだけの傷では助かるはずもない。だとすればばここが天国なのか」
カイゼルがそうつぶやきながら辺りを見回していると、
「カイゼル様、お目覚めでしょうか」
控え目なノックと共に、部屋の外から女性の声が聞こえてきた。
「‥‥ああ、今目が覚めた」
聞き覚えのない声に、警戒しつつもカ イゼルは応えた。
「失礼いたします」
返答後すぐに部屋へと入ってきた女性を見て、カイゼルは目を丸くした。現れたのは貴族の家で働く使用人が着るようなメイド服に身を包んだ女性だった。短めに切り揃えられた美しい黒髪に整った顔立ち。文句無しの美人だ。だが、本来耳があるはずの場所には斜め上に向かって一対の黒い角が伸び、深い紅色をした瞳は、瞳孔が猫のように縦に長かった。
「君は‥‥」
驚きを隠さぬままのカイゼルの口からそんな言葉が漏れていた。
「申し遅れました。私、戦女神様にお仕えいたしております獣精霊、ディーナと申します」
透き通るような美しい声で自己紹介をした獣精霊ディーナは、微笑みながら優雅に一礼した。