宿屋『紅龍の翼亭』にて(ディーナSide)
短い話がもう一話続きます。良かったら見てやって下さい。
「じゃあ行ってくる」
「お気をつけて」
冒険者ギルドに登録した翌日、依頼者に会いに行くため出かけるカイゼル様を私は見送った。私の名はディーナ。転生されたカイゼル様のお世話をするためネメフェア様に遣わされた獣精霊だ。
「おはようございます、ディーナさん」
「おはようございます、カレラさん」
挨拶された私が振り返ると、宿屋の入口に箒を手にした女性が一人。昨日私達が泊まった宿『紅龍の翼亭』の看板娘、カレラさんだ。私も挨拶を返す。
「カイゼルさんは出かけたの?」
「はい。依頼者に会いに行く予定でしたので」
「そうなんだ。それにしてもカイゼルさんが冒険者だなんてまだ信じられないなぁ‥‥昨日カイゼルさん達が宿に来た時、貴族の方かと思ったくらいだもの」
私達が昨日ギルドを出た後たどり着いたのが『紅龍の翼亭』だった。カレラさんの父親である店主のトラッドさんの、素朴だが誠実な人柄を気に入ったカイゼル様がここに宿を決めたのだ。
「貴族ですか?」
「そう、美しい貴族のご令嬢と、それに劣らないくらい綺麗な側仕えのメイドさん。多分昨日宿にいた人は皆そう思ったんじゃないかな?まあ結局カイゼルさんはご令嬢どころか女性ですらなかったんだけどね」
そう言いながらカレラさんは屈託なく笑った。
「それにしてもカイゼルさんもディーナさんも凄く綺麗だよね。髪もサラサラのツヤツヤだし、肌は真っ白だし。羨ましいなぁ‥‥」
「そうですか?確かにカイゼル様は男性とは思えないほどお美しいですが」
「ディーナさんだって綺麗だよ。私なんか髪も癖っ毛だし、肌だってそんなに白くないし‥‥」
「私はカレラさんも美人だと思いますよ?綺麗な長い赤毛ですし、肌もきめ細かいではありませんか」
「そ、そんなことないよ!」
私がそう言うと、カレラさんは顔を真っ赤にしながら凄い勢いで首を横に振った。ちょうどその時、宿の奥からカレラさんを呼ぶ声が聞こえてくる。
「あ、父さんが呼んでる。それじゃあディーナさん、失礼しますね」
カレラさんは私にそう言うと、頬を赤く染めたまま宿に入って行った。箒を入口に立て掛けたままで。
「さて、カイゼル様が戻られるまで時間がありますし、お手伝いでもしましょうか」
私はそう呟くと、立て掛けられた箒を手にして宿の前の掃除を始めた。戻って来たカレラさんに「お客様に宿の仕事を手伝わせるわけにはいかないよ!」と、すぐに止められてしまったけれど。