閑話 試合後のお話
「いやあ、面白いものを見せてもらったぜ」
執務室の椅子に腰掛けながら、ギルド長のナヴァル・ハイドライドは楽しそうに笑った。執務室にはナヴァルの他にも数人のギルド職員がいたが、彼らも未だ興奮冷めやらぬといった表情だ。
「本当に素晴らしい試合でしたね。特にあの女性の剣技は見事でした」
一人の若い新人職員がどこかうっとりした顔でそう話すのを聞いて、ナヴァルは苦笑を浮かべた。
「何だ、まだ気づいてなかったのか。あいつは男だぞ?」
ナヴァルの言葉に、何人かの職員は凍りついた。驚いているのは皆ギルドに入ったばかりの新人で、古参の職員達はナヴァルと同じ様な苦笑を浮かべているところを見ると男だと気づいていたのだろう。
「ええっ!?冗談ですよね!?」
「骨格や筋肉のつき方を見れば分かる。あいつはれっきとした男だよ。お前達も長くギルドで働いていれば見分けることができるようになるさ」
まだ信じられないといった表情を浮かべている職員達にそう声をかけると、ナヴァルは葉巻を取り出して火をつけた。
「しかしあれほどの剣技、どこで身につけたのでしょうか」
一人の職員が腕を組みながらつぶやいた。
「さあな。詳しくは分からん。だがあれは相当腕が立つな。下手な冒険者じゃ相手にならないかもしれん」
「そ、それほどの腕ですか!?」
「ああ。それも酒場の飲んだくれ共やその辺のチンピラ相手の喧嘩で身につくような剣技じゃねえ。かと言って剣術道場でダラダラと木剣を振って身につけた生易しい剣技とも違う。あれは白刃の下をかいくぐって命がけで身につけた、血生臭い本物の剣技だ」
ナヴァルの言葉に職員達は絶句した。確かに凄まじい剣技ではあったが、そこまでのものとは想像もしていなかったのだ。ナヴァルは紫煙をくゆらせながら更に話を続ける。
「剣の受け方一つ見ても分かる。ただ受けるだけなら難しくはないが、あいつはヒューの剣を完璧に受け流した。重心移動、剣裁き、剣を受ける角度、タイミング、その内どれか一つでもしくじればあそこまで綺麗に受け流すのは不可能だ。逆に完璧に受け流すことができれば、自分の力をほとんど使わずに相手の攻撃を無効化できる。受け流しっていうのは相手の力を利用して行う技だからな」
そこまで話すと、ナヴァルは葉巻を灰皿に押し付けた。
「それにあいつは攻撃の際、相手の関節を狙って剣を振っていた。気づいていたか?」
ナヴァルのその言葉に、職員達は頷いた。
「人間の関節ってのはな、どんなに守りを固めても守りきれない急所の一つなのさ。関節部分までガチガチに固めた鎧なんて、身に着けていても身動き取れないだろ?だからどんなに強固な鎧だろうと、関節部分は装甲が薄い。だからあいつは関節を狙った。刃を潰した剣でも確実に戦闘不能にできる部位をな。試合で使った剣が真剣じゃなくて良かったぜ。もし真剣なら、ヒューの手下共の腕や足は切り飛ばされていただろうからな」
そこまで話すと、ナヴァルは二本目の葉巻を取り出した。
「それにしてもなかなかの逸材が現れたもんだ。楽しみだぜ、本当にな」
葉巻に火をつけながら、ナヴァルは楽しげに笑うのだった。