冒険者としての第一歩
グレイセルの町は様々な種族、そして様々な店で賑わっていた。武具店や食料品店、雑貨店から娼館、見たこともない商品を取り扱う怪しげな店などが入り乱れるように存在し、人間、獣人、魔族に精霊族、エルフまでが通りを行き交っている。
「何というか‥‥圧倒されるな」
そんな賑やかで活気に満ちた町並みを眺めながら、カイゼルはそんな感想を口にした。
「世界中から人や物が入って来ますので、ここで見ることのできない種族、物は存在しないとまで言われています」
「それは凄いな」
そんな話をしながら歩いているとディーナが足を止め、前方を指差した。
「カイゼル様、あれが冒険者ギルドの建物です」
ディーナが指差した先には、堅牢で落ち着いた装飾が施された建物が建っていた。
「早速登録なさいますか?」
「そうしようか」
町を見て回るよりも先に冒険者の登録を済ませることにしたカイゼルは、ギルドに向かって歩き出した。
ギルドの中は屈強な冒険者達で賑わっていた。壁にびっしりと貼られた依頼の紙を確認している者、ギルド内に置かれた机を囲んで談笑している者、受付でギルドの職員と話し込んでいる者、その全ての視線が突然現れたこの場に似つかわしくない美貌の二人に集中する。
「受付はあの奥のカウンターだな」
それら好奇の眼差しを気にもとめずカイゼル達は受付へ向かった。
「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか」
受付にいたギルドの職員が声をかけてくる。
「冒険者の登録をしたいのですが」
カイゼルがそう答えると、背後から馬鹿にしたような笑い声と罵声があがった。
「おい聞いたか!?あんな華奢な姉ちゃんが冒険者になるんだってよ!」
振り返るといかにも柄の悪そうな男達が五人ほど、カイゼル達を取り囲むように集まってきた。
「何ですか、あなた方は」
「俺は冒険者のヒューだ。後ろのこいつらは俺の手下みたいなもんだよ」
リーダー格らしいヒューという男が、こちらを値踏みするような目を向ける。
「ところであんた、冒険者になるってのは本気かい?」
「ええ、そのつもりですが」
カイゼルの答えに男達から再び笑い声があがる。
「止めとけ止めとけ。あんたみたいな華奢な姉ちゃんの務まるような仕事じゃねえよ。それよりよ‥‥」
ヒューはカイゼルの横に回り、肩に手を回した。
「あんた俺の女になれよ。そうすれば冒険者にならなくたって不自由ない生活をさせてやるぜ?」
流石にまずい状況だと感じたギルドの職員が仲裁に入ろうとしたが、カイゼルはそれを目で制した。こんな事であまり騒ぎを大きくしたくなかったのだ。
(こういう手合いは無視するのが一番。放っておけばその内興味をなくすだろう)
しかし状況が変わった。男達はディーナに矛先を向けだしたのだ。
「へへ‥‥そっちの姉ちゃんはどうだい?」
そう言いながら男の一人がディーナへと手を伸ばそうとする。その手がディーナへ触れるより先にカイゼルは一挙動で剣を抜き放ち、男の眼前に刃を突きつけた。
「ひいっ!」
いきなり目の前に現れた刃の輝きに、男は悲鳴をあげながら尻餅をつく。
「ディーナに手を出すようならば容赦はしないぞ」
凍てつく眼差しでカイゼルは尻餅をついたままの男にそう言い放った。それを見て、ヒューはニヤリと笑う。
「気の強い姉ちゃんだな。益々気に入ったぜ。改めて聞くが、俺の女にならねえか?」
「お断りします。あなたのようなクズの女?笑えない冗談ですね。生まれ変わって出直して来たらどうです?」
カイゼルは肩に回されたヒューの手を払いのけると、辛辣な言葉をぶつけた。途端に今度は周りの冒険者達から笑い声や喝采があがる。
「てめえ‥‥!」
公衆の面前で恥をかかされたヒューの顔が、怒りで真っ赤に染まっていく。
「痛い目見る覚悟はできてるんだろうな!」
そう言いながら詰め寄るヒュー。だがカイゼルは冷静に壁に貼られた紙を指差した。そこには
『ギルド内での暴力、乱闘を禁ずる。違反者は厳罰に処す』
と書かれていた。
「止めませんか。私はこんなくだらない事で罰を受ける気はありません」
だが、完全に頭に血が上ったヒューは止まらない。
「うるせえ!ここまで恥かかされて、おめおめと引き下がれるか!」
そう言いながらヒューは、カイゼルに掴みかかろうとする。その時
「なんの騒ぎだ!」
一喝と共にギルドの奥にある扉が開かれた。有無を言わせぬ迫力のある声に、騒がしかったギルド内は瞬く間に静寂に包まれた。