プロローグ
とある小国の騎士、カイゼル・セグナムは戦場と化した自国の城の一室にいた。聞こえて来る剣戟、爆発音、怒号、悲鳴。そのいずれもが刻々と部屋へ近づきつつある。
「これまでか‥‥」
部屋の奥に据えられた椅子に腰掛けた男が呟いた。男の名はクリス・ヴァルハイド。この国の王だ。
「陛下。城を捨ててお逃げください。」
カイゼルは王の前に跪き、そう進言した。
「生き恥を晒せと申すか、カイゼル。」
「陛下さえ生き延びれば国は滅びませぬ!どうか‥‥どうかお逃げください。」
しかしクリスは首を横に振った。
「お前達や民を見捨てては行けぬよ。」
そう言うとクリスは立ち上がり腰の剣を抜いた。
「妻も息子も逃がすことができた。私がいなくても立派に後を継いでくれるさ。」
「‥‥分かりました。」
次の瞬間、クリスの左右に控えていた騎士がその両腕を拘束した。
「!?お前達何をする!」
突然の騎士達の行動にクリスは狼狽えた。だが、誰もそれに答えない。半ば抱えられるようにしてクリスが連れて来られたのは、部屋の最奥にある隠し通路の前だった。
「待て!私は逃げないと言ったはずだぞ!」
なおも抵抗するクリスの前に、カイゼルは再び跪いた。
「無礼をお許しください。ですが陛下にはどうあっても生き延びていただきたいのです。」
「カイゼル‥‥」
クリスを連れた騎士と、何人かの兵士が隠し通路の先へと進んでゆく。そして扉が閉ざされる間際
「陛下、貴方のような方に最期までお仕え出来たことを誇りに思います。どうかご無事で。」
そう言いながら、カイゼルは静かに微笑み頭を下げたのだった。
しばらく頭を下げたまま動かなかったカイゼルが振り返る。剣戟の音は先程よりも更に近くに聞こえるようになっていた。
「さあ、行こうか。」
決意を込めてそう口にしたカイゼルは、剣を抜き放つと部屋を後にした。その姿を見つめていた者がいたことに、彼は最期まで気づくことはなかった。