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第2話

 予想は的中してしまった、とミオは思った。目の前の男はおろおろとしているばかりで、かつての面影はない。仕方がないのかもしれない。中身がまるごと入れ替わってしまったようなものだ。醜態を晒している彼が、自分の兄だとは、冷静であるミオでさえ認めづらいものだった。


 兄の恋人であるトオコなどは、見るからに動揺してしまって言葉もないようだ。ここは自分がしっかりせねば、と彼女は思った。


 いま、兄であるカズキの身体には『得体のしれないもの』が入り込んでしまっている。それがカズキの意識を圧迫しているのか、本来の意識が押しつぶされてしまっている。このままでは兄の意識は殺されてしまう。


 事の発端は曰くつきの品の廃棄依頼だった。ミオたち兄妹の家は、古くから続く宗派の家だった。表では解決できない仕事を専門にしている。家の宗派は、神道をベースに、仏教や陰陽道も取り入れた雑多なものであるから、こうした実働には向いている。今日も今日とて、兄はパートナーのトオコを引き連れて仕事に出かけ、そこでハプニングは起こった。


 依頼の品は、古びた寺社に打ち捨てられていたヒトガタだ。元は何か違うものだったのだろうが、長い年月放置されていたせいで腐食は進み、原型はまるで想像がつかない。ところどころ壊れている部分もあった。


 依頼をしたのは建築屋であり、老朽化が進んだ寺社の取り壊しを行っていたらしい。それがこのヒトガタを見つけて以来、作業員に不幸が続いていたのだそうだ。見るからに怪しいシロモノであるし、どうしたものか、と困っていたときに、カズキたちに仕事が回ってきたのだった。


 トオコの話によれば、片田舎にあるにしては、物々し過ぎるほどの妖気が発せられていたらしい。しかしながら、手がつけられないというほどでもないので、トオコがバックアップに回って、カズキがヒトガタに接触する役割で仕事は始まった。


 あのときもっと慎重になっていれば、と裏事情に通じている医師にトオコはもらしている。病室では、打ちひしがれたトオコと、まるで記憶喪失にかかってしまったような兄、それを監視する仕事仲間のエイジがいる。どこか人事のように観察しながらも、焦燥感はどんどん増している自分。


 話は戻るが、その大したことはないと侮っていたヒトガタは、猫がライオンに、というよりは、猫がティラノサウルスになったようで、カズキは一瞬で意識を奪われたのだった。バックアップしていたトオコもダメージを負ったらしく、彼女も目覚めるのに2日ほどかかった。ちなみに、カズキが目を覚ましたのは一週間ぶりである。意識の覚醒の兆候が見られたので、今日こうして集まっていたのだ。


 ミオは精神系の術法を得意としていたので、おぼろげながらも兄の状態は察することができた。


 カズキの意識はダメージを負っており、深く沈んだ状態になっている。その上から、あの『得体の知れないもの』が覆いかぶさるように乗っかっている。カズキの意識が戻らないのは、そのせいだと考えられる。一刻も早く、あれを除去しなくては、カズキの意識は殺されてしまうだろう。


 しかしどういうことだ、とミオは怪訝に思う。


 どう見ても、あの『得体の知れないもの』は自分を人間だと思い込んでいる。しかも記憶がないようだ。軽く探ってみたが、記憶がないのは事実であるらしく、偽装している様子もない。


 だが、あのヒトガタが原因となって現れた意識だ。相当の妖気を放っていたことからも、よくないものだと想像して間違いない。


 対策としては、自分が橋渡し役となって、滅法によって消し去るのが妥当かな、とミオは考えていた。実行するには、早いに越したことはない。だが、まだ不明な点も多い中、実行してしまってよいのだろうか。


 一番の不安材料は、あの兄に入り込んでいる意識だ。見た目無害そうにしているが、いつ牙を向いてもおかしくはない。実際、例のヒトガタのせいで、作業員が一人亡くなっている。


 あのヒトガタの意識が兄にとり憑いているなら、そうやすやすと身体から出ていってはくれないだろう。それに、自分を人間だと思い込んでいるようだし、いきなり身体から出ていってくれと頼み込んでみても意味はなさそうだ。


 精神が異なると、ここまで人相も変わるのか、とベッドに戻される様子を見て思う。彼を兄の名で呼ぶのは許されない気がした。本来の兄はもっとはつらつとしていて頼りがいのある性格だ。ミオも妹ながら、なかなかに自慢の兄だと思っていた。


 情けない姿に目を背けたくなるのはトオコも同じだろう。彼女たちは付き合って3年になるが、なよなよとした兄の姿は見ていられないはずだ。兄の姿でそんな醜態を晒すな、と怒鳴りたくなる。あいつはこちらの目線を恐れているのか、まったく目を合わせないようにしているらしく、ベッドに入って縮こまっている。いやに人間らしいのも不思議に思う。


 だがよかった、とこれ以上の最悪の事態も予想していたので、とりあえず一息つく。あのまま、目覚めないままである可能性もなきにしもあらずだったのだ。異物と混ざったまま、兄の精神が取り込まれる可能性だってあった。だけど、ありがたいことに、兄とあの『得体の知れないもの』とは、明確に分離しているようだ。これなら、切り離すまでもなく、異物を身体から排除すればいい。


 さて、とミオは顔なじみの医師に話しかける。兄を助けるために、いろいろと話しあっておく必要がある。

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