第14話
会心の出来だ、とミオは確信した。集中力はかつてないほどに高まっており、わずかな狂いさえ見逃さない完璧な構成の術式だった。同時に、懸念された『彼』の方も期待どおりの働きをしてくれたようであった。
それはつまり、彼は本気でカズキのために自分が消えることを望んでくれた、ということである。
良心はじくじくと流血しているようだった。だけどミオはそれをなんでもない、と誤魔化す。いくら彼に謝ったところで、ただの自己満足でしかないのだ。だから絶対に謝らない。謝るものか、と決意する。
そして、その代わりに心からの感謝を述べた。ありがとう、とすでに消えてしまった彼に最大の感謝の念を送る。これもまた自己満足でしかないのだろう。それでも、ミオは思うのだ。かたくなに内心を語らなかった彼は、謝罪は受け付けない。だけど感謝は受け取ってくれるに違いないのだ。いつも通り、憮然とした表情で。
ベッドの上のカズキを見る。病室にいる人間は、固唾を呑んで様子を見守っていた。ミオのやり遂げた表情から、術法が成功したことはみな理解している。それでも緊張したように無言であるのは、カズキが目を覚ますまで安心はできないからだ。
ややあって、彼の閉じられていたまぶたが開かれる。太陽が東の水平線からのぼるように、ゆっくりと。
ああ、とミオは微笑む。この兄は、本当にどうしようもないのだから、と苦笑する。いつもは頼りになるくせに、どこか抜けたとこがあるし、大事な場面で失敗することだって少なくない。だから周りがフォローしてやらなくてはならないのだ。トオコや自分やエイジが。みんなでひとつのチームのようなものなのだ。
きっと驚くに違いない。長いこと眠っていたようなものなのだから。この兄は、恋人や親友に多大な心労をかけさせたのだから、きっと痛い目を見ることだろう。自分だって何かひとつはお願いを聞いてもらわなきゃ気が済まない。
それから、それから、と考えて。
兄のために消えていった彼のことを伝えるべきか躊躇する。
がさつなようで心優しい兄のことだ。自分のために『彼』が犠牲になったと聞いたら、きっと悲しむことだろう。覚醒明けのカズキには、重すぎる話かもしれない。せめて、きちんと落ち着くまでは黙っていた方がいいのではないか。
そうだよね、と自分を納得させる。それが、自分にいい聞かせるように誘導していたことは、他人の精神を幾度も見てきた彼女でさえも気づかなかった。
そして、完全にカズキは目を覚ます。
カズキ、とトオコが呼びかけるのをきっかけに、両親や親友も嬉しそうに彼の名前を呼ぶ。
その様子に、ミオまでも嬉しくなって、
―――――カズキの瞳が、絶望に染まっているのを見てしまった。