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第13話

 なぜなんだ、とカズキは慟哭する。


 初日に病院で目覚めたときには、すでに彼の意識も覚醒していた。『ぼく』はまったく気づいていないようだったが、五感は共有されていたし、思考も同様だった。だからカズキはずっと意識はあるのにどうしようもできない状況に置かれていた。それはくしくも、かつて人々の負の部分を一身に受け続けた者と同じ状況だった。


 表層に現れている『彼』が記憶を失っていることに気づいたカズキは動揺したが、ある程度のトラブルは予想されていたことだ。きっと仲間がフォローしてくれるに違いない、とそう思っていた。


 しかし話が進むにつれ、自分は大きな間違いを犯していたことに気づく。


 記憶を失い、混乱する彼を、仲間たちは人間として扱わなかったのだ。それどころか、彼のせいでカズキが失われようとしている、と勘違いされてしまっていた。


 違うんだ、とどんなに訴えても伝わらなかった。頼みの綱の妹は、表層に現れている彼の思考までしか読み取れないようで、保護された層にいるカズキの存在には気づいたものの、どういった状態なのかはわからないようだった。


 なんてことだろうか。


 きっと力になってくれるといった仲間は、彼に辛く当たっている。記憶もなく、不安定な彼の心情は、波を漂うように揺れ動く。それを直に見せつけられるカズキはいたたまれなかった。


 思考が流れこんでくる。扱いが悪くても、それを恨まない。いや、不満に思っていても口に出さない。それは、かつて長い時をそうやって過ごしてきた彼の行動原理だった。


 自らを人間だと思い込んでいた彼は、自分の正体が化物だと告げられて茫然自失する。カズキはその計りきれないショックを自分のことのように感じていた。そして、遠慮無く宣告した妹を非難せずにはいられなかった。


 トオコもミオもエイジも、三人はカズキにとって大切な仲間だった。みんなは互いに信頼し合っていたし、思いやって付き合っていたのだ。だが、今回の出来事で知ってしまった。大切な仲間以外に向けられる感情を。


 誰にでも優しくあるのは難しいことだ。恋人を、兄を、親友を奪った相手に好意的になれないのは、仕方のないことなのかもしれない。けれど、カズキにとって、彼は救うべき対象だった。報われてほしいと心から願った対象だった。自分の身体を使って、いままでできなかった楽しいこととか、素晴らしい体験をしてほしかった。


 自分の得体の知れなさに恐怖しながら、それでも彼はいじらしくも日々を過ごしていく。


 言葉通りの一心同体でいながら、カズキはつくづく思うのだ。こいつは本当にお人好しだと。


 常人なら、記憶がないという状況で軟禁されれば恐怖せずにはいられない。少なくとも、平常心でいられるはずがない。だというのに、こいつは瞬く間に自分の置かれている立場に順応してみせた。悪くいえば、諦めてみせた。


 内心ではぐちぐちといいつつも、本気でトオコやミオを恨もうとはしない。見ているこっちがやきもきしてしまうのだ。どうして反抗しない。どうしてそこで諦めるのだ、と。


 物分りがよくたって、それが報われるとは限らない。むしろ損をするのが大半だろう。


 ある意味で、彼は純粋だったのだ。人のために造られ、人のために生きた。長い時を苦痛に支配されながらも、決して復讐や報復といった行動に走らなかった。


 そして、記憶をなくし、今度はカズキのために消えようとしている。


 ああ、なんて無常なんだ、と世界を恨まずにはいられない。どうしていいヤツばかりが損をしなければならないのだ。世の中には、もっと悪いヤツは大勢溢れているというのに。人を傷つけ、のうのうと生きている者がいる。何も悪いことはしていないのに、生きることさえできない者がいる。こんな無法があっていいのだろうか。


 彼を消そうとしているミオやトオコに罪は見い出せない。何より、消されようとしている彼自身が悪く思っていないのだから。カズキを助けるためならば、自分は消えてなくなっても構わないと、思おうとしている。

 

 ―――――思おうと、しているのだ。

 

 本当は怖いくせに。本当は嫌なくせに。


 思考はただ漏れで、いまにも泣き出しそうな感情はダイレクトに伝わってくる。


 感情を表に出さないことは、強さといえた。


 もうどうしようもないのだ。両方が救われる道が存在しない以上、いや、はなから自分を救済の勘定にいれていない以上、泣き言をもらすのは意味のない行為なのだから。


 彼は最後まで、他人への恨みを口にはしなかった。


 恨んでなどいないと、彼を化物と呼んだ人々の幸福を願った。


 どうして彼が悪人だといえようか。どうして彼が人に害をなす化物だといえようか。


 彼はどうしようもないほど弱く、どうしようもないほど善人だったのだ。


 自分を守っていてくれたベールが取り払われていく感覚がする。どこか頼りなくて、それでも優しかったカサブタが剥がされていく。


 未だに傷は治りきっていない。カズキは自分の状態を顧みて、そう思った。早すぎたのだ。これでは彼とふたりで予想していたように、カズキの精神はもちそうにない。


 不思議と、恐怖心はなかった。心中は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。彼が身を削ってまで己を助けようとしてくれたのに、それが失敗に終わろうとしていることに申し訳がなかった。


 誰か、彼を助けてやってはくれないか。そう願う。自分はどうなってもいい。だからせめて、いままで幸せを知らなかった彼を救ってやってほしい。多くの人を助けたのだから、それくらい報われてもいいはずなのだ。でないとつり合いが取れないじゃないか。


 引き上げられる。冷たい世界に引き上げられる。傷を負っているカズキに抗う術はない。


 彼とふたりで闇を払ったことを思い出す。名前をつけてやる、といった約束を思い出す。


 どうしてだろうか。あのときはあんなに眩しく感じたはずだったのに、いまはこんなにも鋭くて冷たく感じる。


 いつから世界は、こんな理不尽に満ちたものになってしまっていたのだろう。

 

 カズキは、目を覚ます。

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