ハーレム二人目④
ちょっと設定の開示が一気すぎたかもしれません><
ややこしいorz
分かりにくかったら申し訳ないです。要改稿部分かもです。
「仕方ないからおぬしのハーレムに入ってやるのじゃ」
ようやく柚季に解放された全身緑色のぬいぐるみが、のっぺりした胴体をふんぞり返らせている。お腹の中には綿がいっぱい詰まっているに違いない。そのらぶりー容姿に似合わず、全身から高慢なオーラを発しながらの宣言だった。
魔力でも込められているかのような魅了の声が耳に届く度に、昴の頬は緩みかけてしまう。慌てて頬を引き締め、眼鏡の奥から冷たい眼差しを、イズミへと向けた。
「何か言ったか?」
昴は立ち上がった状態で、高度から小さなぬいぐるみを見下ろす。
ドスのきいた声で問いかけると、イズミが瞳を潤ませてぺしゃんこな表情となる。威厳はあっさりと崩れ去った。亀のこうら背負ってるところで、最初から威厳なんてあったものじゃない。
「いいから入れるのじゃ! 我は昴のハーレムに入らねばならんのじゃ!」
今度は駄々っ子のように全身をばたつかせて、言ってくる。イズミの声に昴の全身がゾクゾクと震えた。正気を保つ為にぐっと腹に力を込める。何故謎のカッパごときに惑わされているのか、悔しい思いもある。
鋭い睨みで、イズミを見据えた。
「水知にハーレム作れって言ったのは、俺の適当な嘘だ。そもそも俺はハーレムを作ろうなんて思ってもいないし、ハーレムにカッパはいらない。カッパはいらない」
「二回も言う必要があるんじゃろうか!?」
昴にハーレム作れ宣言された水知はというと、イズミと昴の会話する横で、我関せず状態でお菓子を頬張っている。昼下がり、程よく小腹が空いてくる時間帯である。水知の横で柚季も座って、二人でほのぼのとおやつタイムを楽しんでいる様子だ。
イズミが緊張感のない顔を、眉をキリリと上げてなんとか真面目に取り繕った。
「確かに、俺様ハーレム作れなんてよくもそんな鬼畜なことを言ってのけるなと我も思った。でも、その話を水知から聞いた時、我は一筋の希望の光を見た気がしたのじゃ。昴の願いを聞き入れる為にここにきた我らにとって、ハーレムを作ることこそが、一番の方法なのではないかと――」
「ちょっと待て」
昴はイズミの言葉を遮る。イズミが今、聞き逃せないことを言ったからだ。
「俺の願いを聞き入れる為にここにきた?」
イズミは深刻な表情のまま、こくりと頷く。
「そうじゃ。我はおぬしの願いを叶える為にここにいる」
「意味がわからん。俺の願い? 俺が何をお前に願ったっていうんだよ?」
「忘れたとは言わせんぞ! おぬしは昔、オバケ屋敷でハリボテの神社に必死に願ったじゃろうが! 長時間に渡って何度も、何度も! みんな僕のこと好きになっ――「わああああああ!」」
今度こそ、昴はイズミの言葉を必死になって打ち消す。頬に熱を帯びていくのを感じ、眼鏡を指で押し上げながらさりげなく顔を隠す。動揺で指先が震えてしまっていた。
「な、んで……そのことを知ってる?」
幼少の頃、オバケ屋敷の中で姉とはぐれて、数時間うずくまって泣き続けた記憶。それがトラウマとなって、幽霊妖怪系が全くダメになってしまったのだ。覚えていないはずがない。昴にとって黒歴史であるのと同時、今でもどの記憶より鮮やかなまでに思い出せる。
昴がうわずった声で聞くと、イズミは深く息を吐き出した。
「知ってるも何も。おぬしがハリボテでつくられた水神様を祀った神社に祈ったことが原因で、我という神格が宿ってしまったんじゃ」
「……は?」
「おぬしの願いでつくられたのが我だから、おぬしの願いを叶えることができなければ、我は本物の神様にはなれない。それこそ未完成のハリボテの水神様なんじゃ。いちきしまひめのかみ(偽)ってところじゃ」
昴は言葉を失い、カッパのぬいぐるみを見つめることしかできない。
水知と柚季は全く話を聞いていない様子で、二人で手遊びをはじめてしまった。潮家の和室は今、深刻な空気とほのぼのした空気が混在する、おかしな空間となりつつあった。
「俺が願ったから、お前みたいな人外が生まれたってことなのか……?」
「そうじゃ。おぬしの願いを聞き入れる為に、我は少しずつ力を溜めて、ようやくここまでたどりついた。神通力をほぼ使い果たしてしまった我は、このぬいぐるみに精神を宿らせるのが精一杯じゃった。大体に、我の力の源となるおぬしが全く頼りないせいなんじゃ。引きこもり? 不登校? 冗談じゃない。おぬしが願いと全く真逆の立場にいるせいで、我の力までほぼなくなってしまったじゃないか! アホめが!」
ここぞとばかりに罵声を浴びせてくるイズミに対して、昴は強く出ることはできなかった。混乱していたが、イズミの様子は真剣そのものだったし、切羽詰った様子だったからだ。
「じゃあ、こいつは――こいつは、なんなんだよ?」
昴は水知を乱暴に指差した。水知が昴の方を見て、ほぇ? と首を傾げてきた。やっぱり話を全く聞いていなかったらしい。
「水知は、我が召喚した使い魔じゃ。……最初は、水知が昴の願いを叶えて、我に神通力が戻ってくる手筈だったんじゃ」
イズミが自嘲気味に漏らす。
昴はボロボロと出てくる事実についていけず、俯いて考え込むことしかできない。
――みんな、僕のこと好きになって。
昴が幼少の頃に強く願ったことを叶える為に、イズミという神様が水知という使い魔を引き連れて昴の目の前にやってきた。そこまではやっとのことで理解できた。受け入れがたい事実ではあるが。
「で、なんでハーレムは必然なんだよ?」
「ハーレム=昴のことをみんな好き。つまり、昴がハーレム状態であればあるほど、我は昴の願いを叶えていることになるのじゃ。力もどんどん増長されていく。なんと素晴らしい提案をしてくれたんじゃ、と我は目から鱗が落ちたぞ。神通力が戻ってくれば、奇跡だって起こせるんじゃ。完全な神様となれば、おぬしなどもう用無しじゃ。ぺっ」
「今お前の本音が垣間見えたのは気のせいか?」
目の前でハッと口をつぐんでいるイズミは放っておき、昴は水知へと視線を移す。
気付けば無意識に、眼鏡の奥の目を細めて、唇を引き結んでいた。
首を傾げて、わずかな微笑みを昴に向けている美少女――水神様(偽)の使い魔、水知。つまりは――
昴は顔を俯かせる。
――つまりは、水知が昴を好きだという気持ちは、昴の願いによってねつ造され、歪みの上にできあがった感情なんじゃないか。
胸が締め付けられるように、痛くなった。再び息苦しさが戻ってくる。
目の前の少女が、直視できなくなる。
「あ! そういえば、わたし、ちゃんと自分の口で言ってなかったよ!」
水知が言ってくる。
「……なんだよ」
「あのね、わたし、昴のこと――大好き」
――よりによって、このタイミングで。
昴は唇を噛み、拳を固く握り締める。顔を上げることはできなかった。
表情は強張り、眉間に寄せていた皺が、いつもよりも深くなっていた。
「……言うな」
「んー?」
「二度と、俺にその言葉を言うな」
昴は意を決して顔を上げ、水知を挑むように睨みつける。
水知は、笑みが顔に張り付いたまま、固まってしまった。
「いいか妖怪ども。俺の願いによってお前たちが大変な目に遭ってるっていうのはわかった。その責任は取ってやる。ハーレム作りに協力はしてやる。でもそれだけだ。それ以上の干渉は、二度と、一切してくるな」
昴はこれ以上ないくらいに冷たい言葉を投げつけた後、水知から視線を逸らした。
視界の端で柚季までもが固まって、昴をこわごわと見上げていた。イズミはあわあわとしている。
「帰るぞ、柚季」
「う、うん」
柚季が立ち上がり、昴の近くに寄ってきた。
「あ、あのぅ。それで、我のハーレム参加の件は……?」
揉み手をしながら、イズミがおずおずと聞いてくる。
「誰かがハーレムに参入しなきゃ、お前の神通力が戻ってこないんだろ? だったら勝手に入ってろ」
「あ、ありがとうごぜえます昴様ぁああ」
ははぁ、とひれ伏してくるカッパのぬいぐるみ。完全に立場が逆転している。
昴は背を向けて、足早にその場を離れていく。水知のことは敢えて意識して、見なかった。視界に入れることすら、拒絶した。
ドアを開き、外に出た。アパートの庇に遮られた、狭い空を見上げる。
雨はやんでいた。どんよりと灰色の雲に覆われている。
『わたし、昴のこと――大好き』
「全部嘘なんだろ」
今更、吐き捨てる。胸が痛くて、泣いてしまいそうなことが悔しくて、全部、拒絶することしかできなかった。
雨なんて、大嫌いだ。本心からそう思った。
***
夜がすっかり深まった時刻、昴はバイトに行く為に国生家を出た。
住宅街のアパート周辺は静寂に満ち、薄闇に覆われている。昴が外階段を降りていく音ですら、大きく響く。
駐車場に停めておいた原付の前に立って、息を吐き出した。生温かい風の中にまだ湿気が残っていて、昴は眉を顰めた。
意を決してポケットから取り出したのは、携帯電話だ。国生家にいる間は、人目が気になって行動できなかった。今だったら周囲には誰もいない。
「協力するって言っちゃったしな……これは、仕方ないんだ……あの妖怪どもの為なんだからな……」
誰に言うでもなく、暗がりの中でブツブツと言い訳じみた呟きを漏らす。
先ほど登録した番号を、思いきって押した。回収しておいたメモは雨に滲んでしまった所為で、アドレスまでは読み解くことができなかったが、かろうじて電話番号の暗号解読には成功したのだ。かなりの時間を労してしまったが。
『――はい?』
耳にあてていた携帯電話から、相手が出た声が届く。
「もしもし!」
声が裏返ってしまった。顔から火を噴くかという思いで、言葉が出てこなくなってしまう。心臓が早鐘を打ちすぎて、飛び出していきそうだった。今喋ったら、心臓が飛び出す。昴は結局何も言えず、無言で立ち尽くす。
しばらく、無言の時間が続いた。
『もしかして……佐藤君?』
翔子の声が届く。
「あ、ああ。俺だ。その、あの、なんていうか、」
――さっきはごめん。俺と、友達になってください。
――あんな風にひどく傷つけた相手に、今更言えるのか?
昴は思考の波に溺れ、またも黙り込む。やっぱり、ダメなのだ。自分には、人と繋がりを持つ努力なんて、どう足掻いたって、できない。
『さっきは本当に、ごめんなさい!』
謝ってきたのは、翔子の方だった。昴はハッと息を呑む。
『あんな言い方して、佐藤君の気持ちを考えていませんでした。本当にごめんなさい。私、恥ずかしかったんです。だから、言い訳みたいに、あんな言い方しちゃって……』
昴は翔子の言葉を耳元で聞く。
『私、佐藤君と、友達になりたいんです。友達に、なってください。……あの、ダメ、ですか?』
昴は俯き、ただ、すごいなぁと思う。胸が熱くなって、携帯電話を強く握り締めていた。
翔子は、傷つくことを恐れずに踏み込んできた。
自分がずっと出来なかったことを、真面目そうで脆そうな女の子が、やってのけてしまった。
――彼女には、敵わない。
昴は、深く息を吐き出し、口元を吊り上げた。
「ああ――」
肯定の言葉を紡ぐ為に、顔を上げた、瞬間だった。
昴の手から、携帯電話が落ちていく。
外灯の頼りない光の下、電信柱のかげに隠れるようにして立っていた人物に、目が留まったのだ。下がっていた目元が、大きく見開かれていく。
かしゃり、と地面に落ちた携帯電話から、翔子の声が遠く聞こえてくる。
相手は見つかったことに気付いたのか、それとも昴のニヤケ顔を間近で見て恐れをなしたのか、表情を強張らせてじっと昴を見ていた。
「あ、あ、あ――」
「み、見てないわよ!? 笑った顔がこの世の終焉のようだったなんて思ってないわよ!? あまりの恐ろしさに心臓が冷えてガクガクブルブル状態なんかじゃないわよ!?」
後ずさりながら、昴に向けて必死な言葉を投げかけてくる女の子。
――グラビアアイドル、鳥居美園だった。