ハーレム一人目④
柚季と水色少女は前々から仲良しだったらしい。
たまに柚季がいなくなるのは、水色少女の家に逃げ込んでいたのだ。昴は水色少女からその話を聞いて、溜め息を吐き出すしかなかった。
想像以上に、自分が柚季を追い詰めてしまっていたのかもしれない。
昴は国生家の方へ戻ろうと靴を履いて玄関を開ける。
外に出ると、雨の音が強くなった。イソイソとついてきている水色少女を振り返る。柚季も水色少女の後ろからついてきていた。
「なんだお前ついてくるな」
言うと、水色少女はにへら、と笑う。
「だってお腹空いたもん。ユズちゃんと一緒におやつ食べるー。おやつ、おやつ!」
「……柚季、なんか食べたいのか?」
昴は少し考えてから柚季の方を見て聞いてみる。柚季が俯きがちに昴へと歩み寄ってきた。
自然な動きで――手を取られた。
そっと触れてくる小さな手の温もりに、ドキリとした。なんて柔らかい。そして、なんてあたたかい。
そうしてから、柚季が昴を見上げてきた。
「おやつ、食べたいの」
そんな風に言われて、拒否できる奴なんているんだろうか。
昴は柚季と手を繋いだまま、ぎこちなく歩きだす。どういう顔をしていいのか分からず、表情は強張ったままだった。
住居の方へと戻り、棚の中やら冷蔵庫の中を漁ってみたが、こういう時に限って何も見つからない。
柚季と水色少女は楽しそうにテレビを見ながら、昴がおやつを運んでくるのを待っている様子だ。
「おやつくらい用意しとけよバカ姉」
舌打ちし、顎に手をあてて黙考する。
「……仕方ねぇな」
昴は言いつつ、眼鏡をキラーンと光らせた。
……というわけで。
「わあ! わあ! おだんごー!」
五歳児以上にはしゃいでいる水色少女と、頬をピンク色に上気させて、瞳を輝かせている柚季がローテーブルの前に座している。
エプロン姿の昴は、彼女らの前にどん、とお皿に山盛りの自作きなこ団子を置いてやった。
実は昴には、人に言えない特技があるのだ。それが、お菓子作り。
特に甘い物に興味があるとか、料理が好きというわけではない。
しかし昴の作るお菓子は、見目も麗しく、味もプロ並の出来ばえとなる。どうしてこんな特技を身につけてしまったのかと考えると、幼少の頃姉と一緒にお菓子作りばかりしていた思い出が蘇る。お菓子作り自体は久々にしてみたのだが、腕はなまっていなかった。
甘いきなこの匂いを漂わせる、山盛りのふかふか団子。
すぐに手を伸ばして口いっぱいに頬張りだした水色少女を横にして、柚季は動かない。
遠慮がちにおずおずと、大きな瞳が昴を見上げてくる。
「なんだよ?」
まだ昴のことを恐れているのか、柚季は口を結んで眉を下げている。
やっぱりまだ、昴と柚季の間にある空気は、ぎこちない。
「ユズちゃん食べないの? 全部わたしが食べちゃっていいの!?」
ぎこちない空気を漂わせている間に、気付けば水色少女は凄まじい速度でお団子を口の中におさめている。くるみを口いっぱい含んだリスが浮かんだ。幸せそうな表情で、指先がベトベトで、口の周りもベトベトだった。
「お前はちょっと遠慮しろ。これはお前の為に作ったわけじゃ――」
お皿の上からどんどん消えていく団子に焦りを覚えたのか、俯いていた柚季がきなこ団子にサッと手を伸ばしてきた。
おもむろに掴み取ったそれを、はぐっと口の中に入れる。
頬を膨らませてもぐもぐとゆっくり噛み、少しずつ口の中を減らしていく。
全てを食べきった後、柚季はようやく顔を上げた。
「すごく、おいしかったの」
昴に満面の笑顔を向けて、言ってきた。
「そ、そうかよ」
昴は咄嗟に口元を隠す。
ニコニコ笑顔で次のお団子に手を伸ばす柚季を見て、胸がほっこりと熱くなる。
他人との距離感ばかり気にしていたけれど、実は、人との繋がりなんてそんなに難しくないのかもしれない。なんて、考えて浮かびそうになった笑みを慌てて消す。
「すばる」
名前を呼ばれて昴は柚季を見る。
その時になって、彼女はいつでも昴のことをきちんと名前で呼んでくれるとに気付いた。
ずっと背中を向けていたのは、自分の方だったのかもしれない。
「ユズ、すばるの『はーれむ』に入ってあげるの」
「な……っ」
昴は絶句してしまった。柚季は意味までは深く分かっていないのだろうが、どうやら昴と水色少女の会話をきちんと聞いていたらしい。
「そうしたら、またユズにおやつ作ってくれる?」
そんな風に言われて、拒否出来る奴なんているんだろうか。
昴は赤面してしまっているのを感じつつ、そっぽを向く。
――こうなったら、ハーレムでもなんでもいいか、なんて気分になる。
だから昴は真顔で、柚季と水色少女に向けて問いかけるのだ。
「で、明日はなんのおやつがいいんだ?」
***
コンビニのバイト中に、本日二度目の凄まじい悲鳴を聞いた。
昴はレジカウンター越しに、店に入ってきてすぐに悲鳴を上げてきた客を見遣る。
「ああ、副委員長さん。今日はよく会うな」
翔子は動揺してアワアワと口を動かし、既に逃げ腰になっている。
時刻は既に夜の十時。夜になって雨はやんだが、路面はまだ濡れていた。照明が反射して光っている。そんな野外からコンビニに入ってきた制服姿の女子高生が翔子だった。日中と変わらずにひっつめた三つ編みと、黒縁眼鏡の真面目な雰囲気。
ただでさえ客数の少ない寂れたコンビニ内に制服姿の女の子がいると、一輪の花が咲いたようだ。地味な花だが。
「な、なななどうして佐藤君がここにいるんですか!?」
「バイトだよ。もうけっこう長くバイトしてるぞ。副委員長こそ、こんな時間に何しに来たんだよ?」
「わ、私はですね、栄養ドリンクを切らせてしまって、薬局もスーパーも閉店時間だし、仕方なくここに……」
翔子がブツブツと言い訳がましく、視線を合わせずに言ってくる。
「栄養ドリンク? 親父みたいな奴だな」
昴はレジカウンターを出て、翔子を栄養ドリンクコーナーへと案内してやる。
「だって仕方ないんですよ……二重生活なんかしてるせいで寝不足がひどくてですね……」
独り言のようにブツブツと漏らしている翔子を横に、昴は肩をすくめた。
「何にせよ、気をつけて帰れよ」
声をかけてやると、ぽかん、と口が開きっぱなしの翔子が見上げてきた。
「なんだよ?」
昴はやっぱり眉間に皺を寄せたままで、問いかける。
「何かいいことがあったんですか? なんか昼間よりもずっと柔らかくなってる気がします」
翔子が栄養ドリンクを品定めしながら言ってきた。眼鏡をかけなおしながら栄養ドリンクを探す姿は真剣そのものだ。
昴は肩をすくめ、息を吐き出す。
「別にいいことなんて何もない。隣に妖怪が住んでるっていう憂鬱な事実は知っただけだ」
「ああ、潮水知さんですよね」
「は? 何言ってんの?」
潮水知とは誰のことだ。昴は翔子の方を見たままで固まる。
「佐藤君のお隣の家に住んでるのって、入学式の日一日来ただけでそれ以来、ずっと学校に来てない潮水知さんの家ですよね、って言ったんです」
「説明どうも。って、アイツ俺と同じ学校だったのか」
人外のくせに、華の女子高生だという事実に驚愕する。ますます彼女の存在は謎が深まるばかりだった。
しかも昴と同じで、不登校児。彼女は一体何者なのだ、と腕を組んで改めて考え込む。
そういえば水色少女の着ている服は、昴の通う学校のブレザー制服だった。なんで気付かなかったのか。人外少女のあどけなく可愛らしい顔にばかり注目していたからだった。
その人外美少女はというと、窓から雨がやみそうな空をじっと見てから、姉が帰宅する前に逃げるように帰っていった。
柚季に笑顔いっぱいで手を振って。
「今年の一年生の注目株は鳥居美園さんと、もう一人は、彼女なんですよ。幻の美少女、なんてみんなに言われてる有名人ですよ。何せ入学式一日しか来てないんですから。……佐藤君、知らなかったんですか?」
「ああ、どうせ俺には友達がいないからな」
「知ってるとばかり思ってました……」
翔子が唖然としている。
「そんなに俺に友達がいないことが唖然とすることなのか」
「いえいえそういうことじゃなくて……まぁいいです。私から言うことでもない気がしますし」
嘆息する翔子を見て、昴ははた、と気付く。
副委員長と普通に会話している。同じ学校の、クラスメイト、しかも女の子だというのに。その事実に気付いて、少し動揺してしまった。それでも顔のムッツリは崩れない。
翔子がレジの方に栄養ドリンクを数本置いてきたので、昴はレジ側にまわった。
「潮さんも佐藤君も、学校に来てほしいです。やっぱり不登校なのは寂しいです」
翔子が財布からお金を取り出しながら、言ってくる。
「それにしてもなんでこんなに佐藤君によく会うんでしょうね」
「俺とお前は運命の糸で繋がっているのかもしれないな」
昴は特に何も考えず、水知という名前の少女から聞いた言葉をそのまま言った。
「……っ、」
真っ赤になって翔子が口をぱくぱくさせている。こんな顔を数日前にもさせたような気がする、と昴は首を傾げる。
そしてやっぱり、翔子は背中を向けて一目散に逃げていった。
いつも読んでくださっている読者様、本当にありがとうございます。
諸事情により、現在連載中のもう一作、『雪のお姫様』はしばらくおやすみします。
しばらくこっちの作品を集中して投稿していくと思います。
駆け足気味で書いていくので、雑になってしまったらごめんなさいorz
また、ちょっと忙しくなって休載になってしまうかもしれません。
そうなる前に、一気に完結まで書き上げたいところです。頑張ります。