エピローグ
帰宅後、凄まじい落雷に打たれてしまった。
「これは一体どういうつもりなのよぉおおおお!?」
顔面蒼白で絶叫したのは、姉である由梨絵だった。
国生家は惨澹たる有様に変貌していた。高校生が大人数でどんちゃん騒ぎした祭りの後は、そりゃあもう凄まじい散らかりようだった。
食べ散らかしたドーナッツの残骸、いつの間にか買い足してきたのか市販のお菓子の袋やら食べカス、紙コップやらがそこかしこに転がり、床はジュースをこぼしたのかべっとべと。泥棒に入られたかのように家の家具はもれなく荒らされ、ひっくり返され、安アパートの壁にはひびまで入ってしまっている。
「大家さんに呼び出しくらったんだけど! なんかメチャクチャ怒られたんだけど私が! なんで私が怒られるの!? 今度やったら追い出すとまで言われた! 死ね! とりあえず死んで詫びろ!!」
怒り心頭の由梨絵は、もう帰ってしまった高校生たちへの怒りを昴へと一極集中させていた。
濡れたままで帰ってきた昴はぼこぼこに殴られ蹴られ、現在、一人寂しく後片付けをさせられている。シャワーすら浴びさせてくれない。
「……なんで俺だけ……俺は結局孤独なままかよ……」
帰ってきて水知の姿を見た美園はというと、もうメチャクチャに泣いた。わんわん泣いて泣いて水知に抱きついてしがみついて離さなくて、水知を苦笑させるほどだった。
水知はそのまま美園と一緒に潮家の方へと帰っていった。きっと潮家に戻ったら、イズミもわんわん泣いたのではないだろうか。というか、あんな奇跡を起こしたイズミは無事なのか。気にはなるけれど、由梨絵の監視下に置かれていて様子を見に行くことすらできそうにない。
その場に残っていた翔子は前日から徹夜続きのせいか、フラフラだった。集まってくれたみんなが、昴によろしく、また来るね、またやろうね、とたくさんの伝言を残してくれたと教えてくれて、ほんのり胸があたたかくなった。
実際、あの場あの時だけ昴に対して気持ちが集まっただけのことであり、本当に友達になったとは言えないのだろうけど。それでもよく知りもしない昴の為に協力してくれた生徒たちには感謝していた。いつか、本当の友達になれる日だってくるかもしれない。
フラフラの翔子は片付けを手伝うと申し出てくれたが、半分しか目が開いていない翔子を見るとさすがに可哀相になって、今日は帰って寝てくれ、と言った。翔子は半分寝ているような状態で頷いた。
『私、佐藤君のこと待ってます、えと、学校に来るのを待ってるんですよ。決して個人的に何かに気付くのを待ってるとかじゃなくて、えーと……とにかく、おやすみなさい』
と、頭もまわっていない状態らしく、ぶつぶつと呟きながら帰っていった。
柚季はもう就寝している。愛らしく寝息を立てて、安らかに、気持ち良さそうに眠っている。その姿を見ると、実は前日からほとんど寝てないのは昴も一緒で、少し羨ましくもあった。
雨はまだ続いていた。
なんとなくついていたテレビに目を遣ると、ちょうどやっていた天気予報でこの地方が梅雨入りしたとキャスターが話していた。
さあさあと雨の音が聞こえてきて、安心する。それだけのことで頑張って動けた。
数時間も片付けに費やしていると、由梨絵もさすがに手伝いにまわってくれていた。
「……あのさぁ、結局、どうするつもり?」
ひっくりかえされた衣装タンスの中身をせっせとしまいながら、由梨絵がぽつりと聞いてきた。
あまり楽しい話題ではないのか、視線を気まずそうに泳がせている。その挙動で佐藤家の問題のことを聞いているのだと気付く。
離婚した両親のどちらにつくのか。その問題から逃げる為に昴は由梨絵の家に居候させてもらっているのだ。そろそろ答えを出さなければならない時期だと、母親が言っていたことを思い出す。
「……俺さ、ずっと言えなかったんだけどさ、両親に別れてほしくなんかなかったんだ」
昴は床を雑巾で拭きながら、本音を吐き出す。
「自分でも気付かなかった。さっき気付いた。もっとはやく気付いてれば、俺がもうちょっと頑張れば、二人のことを止めることが、できたのかな」
そんな風に呟いていたら――ぽかり、と後頭部をはたかれて、痛みで顔をしかめて振り仰ぐと、もっと怖い顔をした由梨絵が自分を見下ろしていた。
「ばーか。何一人で背負っちゃってんの」
ぷい、と不機嫌そうに由梨絵が離れていき、作業を再開させた。
「私も手伝ってあげるわよ。私だって、同じ気持ちなんだから。最悪だって思われても、全力で抗ってやるわよ」
「……ああ」
「だから、まぁ、正直迷惑だけど、両親どっちにもつけないって言うなら私のとこにいていいから」
「……ああ」
「家が建つまでね。あ、それと生活費は今まで通り入れること。柚季の世話も頼んだわよ」
「あ……ああ?」
なんだか和やかないいお話の雰囲気が台無しにされた気分だったが、まだこれからしばらくは柚季との愛を育み続けられることを思えば、何だって乗り越えられる気がした。
ちなみに余談だが、水知を探しまくっている間に寄ったバイト先で、店長にクビを言い渡された。
三日も無断欠席し続けて、携帯電話の電源を落としていたのだから当然の結果だといえば、当然の結果だった。
……新しい職場を探さなければ。
水知やイズミのことも実際解決なんてしてなくて、家族はバラバラのままで、昴はやっぱり昴のままで、結局何一つ変わってなんかいないのかもしれない。
でも、きっと、いつかはみんなで楽しく笑って過ごせる日が来るんじゃないかって――
そんな風に思っても、いいんじゃないかな。
「……あれ? っ、昴、ちょ、あんた何一人で寝落ちしてんの!? ずるいわよ! まだまだやることはいっぱいあるんだから! 寝るなあぁ!!」
由梨絵の声が徐々に遠くなっていき、意識が朦朧としてきて、雨の音が耳に心地良くて……
昴はその場にうつ伏せになって、気持ちよく寝息をたてていた。
***
翌朝のこと。
――ピンポーン、と呼び鈴がなった。
昴はその音で目覚め、目をぱかりと開けた。床で眠ってしまっていた身体が全身鞭打ちのようになって痛くて、この痛みは由梨絵による暴行が原因であることを思い出した。
むくりと起き上がり、背中にかけられていた毛布が落ちる。
眼鏡をかけたままだったし、あんなに雨に打たれたというのに、シャワーで身体を洗うことなくしかも制服のまま寝てしまっていた。最悪な気分の目覚めだった。
ぼんやりしたまま、しつこく何度も鳴る呼び鈴に苛立つ。
「はいはい今行きゃいいんだろが」
ぐちぐちとこぼしながら、重い身体をなんとか動かす。
玄関までたどりつき、ドアを開けた。
「おはよう昴!」
「あ」
水知が制服姿でニッコリ笑って立っていた。その水知の肩には、両手をかけたイズミがむっつりとのっている。
イズミの全然無事そうな姿を見て、少し安堵した。しかし寝起きの気分の悪さで不機嫌な方がはるかに大きい。
水知が現れた意味もよくわからなかった。刺すように鋭い眼を水知へと向ける。
どうやら由梨絵や由梨絵の夫や柚季は、もう家を出た後だ。
昴は一人、ニッコニコの水知と向き合っていた。
「昴、学校いこ!」
そうしてニッコニコの水知が信じられないセリフを吐いてきた。
「……は?」
昴は固まる。
昨日まで死にそうだったはずのミイラ女が元気になった直後、愛らしい顔を満面の笑顔にして水色髪を元気に揺らし、現在ゾンビ化している昴に「学校に行こう」なんて言ってくる事態が予想できるはずもなく、頭の中が真っ白になった。
「しばらく梅雨で雨続きだから大丈夫って言って聞かないのじゃ。我の力もまた底をついておるしな、こんな状態で水知を危険に晒すのは本意ではないのだが」
「うん、だから、昴が一緒に行ってくれれば大丈夫だよ!」
なんてイズミの言葉を叩き潰して、天真爛漫に言ってくる。
「……俺が、お前と……学校に?」
「うんうん!」
水知は嬉しそうに瞳を輝かせ、何度も頷く。
「昴様ハーレム計画は、まだまだ進行中なんだよ! 学校でいーっぱい昴のハーレム人員ゲットだよ! だから、わたしとイズミちゃんを助けるつもりで、ほらほら!」
怒りが沸々込み上げて、身体がぷるぷると震えてくる。眼には殺意すらこもる。ふざけるな、と怒鳴ってしまいそうになる。
……それなのに。
水知が差し伸ばしてきた手を、取ってしまっていた。
「えっへっへ!」
そんな風に笑ってくる水知に勝てるわけなんかなくて、昴は、一歩外へと踏み出してしまった。
これが惚れた弱味ってやつか。なんて自虐的になりながら、ガビガビになってしまっている髪の毛をぐしゃぐしゃかきまわしていた。
水知と一緒に歩いて行く。
前日から同じ恰好のままで、学校に行けば昨日の大事件を誰もが忘れてるわけなんかなくて、しかもカッパオプションつきで、歩みを進めれば進めるほどに憂鬱さが増していく。
それでも、水知と手を繋いで歩いて行くのは、ただ――
君のいるハーレム生活を続ける為に。
END