表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/23

ハーレム?人目⑤

 ……久しぶりに、意識が淡く戻ってきたのを感じる。

 もう目覚めることはないと思っていた。

 身体はもう指先一ミリも動かない。何もかも渇ききって、動けなくなって、意識が途絶えてしまって、どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 視界は真っ暗だった。もう目を開くこともできないから当然だった。何も映らなくて何もわからなくて、少しこわかった。

 そうしたら、彼のことを思い出した。

 こわがりの昴。幽霊妖怪人外がこわくてこわくて、そういえばコンビニの駐車場で再会した時も声が震えていた。あのとき、昴に会う為にあの場所にいたことを言えば、更にこわがらせてしまうんだろうか。

 昴と最初に出会ったのは、入学式だった。

 元々、佐藤昴を探していた。イズミちゃんに召喚された自分の役目は、佐藤昴の願いを叶えることだった。身動きの取れないイズミちゃんに代わって、入学手続き、佐藤昴の住居の隣を借りる手続き、生活の手続き、全部今はもうない魔力でどうにかなった。

 でも、入学式で、あの場で彼に会ったのは本当に偶然だった。彼が佐藤昴だなんて、知りもしなかった。

 そんな彼に、あろうことか一目惚れしてしまった。

 なんて醜態。自分が恋に落ちると、その恋した相手と夫婦になるまで身体が渇いていく体質で、魔力すら全て失ってしまうこと、分かっていたのに。

 これじゃあ佐藤昴の願いを叶えてあげられない。

 とにかく彼を探さなければならなかった。何故か入学式の翌日から姿を見せなくなってしまった彼を数日間、探し求め続けた。

 焦っていた。渇いていくから。どんどん、どんどん渇いていってしまうから。

 コンビニでバイトしている彼を見つけた時には、もう身体が動かなくて、遠くから気付いてくれるのを待っているしかなかった。

 強い風に吹かれて、コンビニの駐車場まで転がっていったのは幸運だった。

 彼が気付いてくれた。彼から注がれた水は、すぐに自分を元の姿に戻してくれた。

 そうして、どうしようもなく恋焦がれた相手に、求婚した。産まれて初めての愛の告白は、想いのたけを全てぶつけて緊張で胸が張り裂けてしまいそうで、

 あっさりと、玉砕した。

 自分が好きになった相手が佐藤昴本人であると知ったのは数日後。

 少し絶望した。

 佐藤昴の願いを叶う為にきた自分が、佐藤昴本人に恋して力を失ってしまうなんて、浅はかで、ばかみたいで、完全に不可抗力だった。

 イズミちゃんも呆れてた。なんでよりによって佐藤昴なんじゃ、と。

 彼に恋してしまったら、彼の願いを叶えることに支障が出てくるばかりで何一ついいことなんかない。一番好きになってはいけない人だった。

 それでも、恋する気持ちをコントロールなんてできなかった。これはわたしの本当の気持ち。嘘偽りない、恋だったから。

 自分が好きになった人を、みんなに好かれるようにしなきゃいけないなんて、正直な話、嫌な気持ちばかり込み上げてきて。

 本当は、自分だけを見てほしいに決まってるじゃないか。

 胸が苦しくて苦しくて痛くて張り裂けそうで締め付けられていっつも泣きそうなのを必死で隠してて。

 こんな気持ち、知らなければよかった。

 ……でも。

 昴はずっと泣いているから。いっぱい苦しんでいるから。

 ずっとずっとあの人のことを想っているから。

 だから、わたしは、あの人に会いにきて。

 ここまでたどりつけたけど、やっぱり身体が限界だった。

 玄関先で干物みたいになってるわたしに、その人は不審げな一瞥をくれただけだった。

 一言、伝えたかったのに。

 それが伝えられたら、もう消えちゃっても構わなかったのに。

 昴にはいっぱいこわいものがある。

 幽霊や妖怪じゃなくたって、人間だってこわくて。いつもおびえている。きっと誰より、人の顔色をうかがっているひと。

 それから全部、守ってあげたいって思う。こわいのは、ぜんぶ、なくしてあげる。

 ――昴のことをこわがらせちゃってるわたしも含めて、ぜんぶ、ぜんぶ。

 今でも、こんな状態になっても、やっぱり思う。ひたすら願う。

 昴に笑ってほしいなぁ、なんて。


 ――ぽつり、と優しい雫が、頬に一滴、あたった。


***


 昴は原付を走らせていた。無我夢中で、限界までスピードをあげていた。

 すさまじい風圧を全身で感じる。今転倒したら即死レベルの速度だ。それでも速度を緩めることができない。

 夕陽が沈んでいき、夜の闇に包まれ始めた風景がすごい速さで流れていく。

 道路をのろのろ走る車を容赦なく追い越していきながら、意識を取り戻したイズミの言葉が、脳裏を過ぎった。


『時間がない』


 三日前、イズミが眠りに落ちる寸前、彼女は出て行ってしまった。イズミはその姿を見ても、止めることもできないくらい強制的に意識を奪われてしまったらしい。おそらく、昴が彼女たちの存在を心の底から否定しはじめたことで、イズミの力が弱まってしまったのだろう。

 自然と舌打ちが出る。

 彼女はどこに行ったというのだ。意識がなくなるほどイズミの力が弱まってしまったのなら、彼女だって平気なはずがない。

 実際イズミは青ざめ、言っていた。


『もう完全に消えかけている。気配すら、ほとんど感じない』


 半分泣きべそ状態でイズミが言ってきて、美園がイズミの首をぎゅうぎゅう絞めて、イズミは復活とともにその小さなともし火を消されそうになっていた。

 美園がまたベソベソ泣き出して、和室は重苦しく沈痛な雰囲気に包まれてしまい、昴は苛立っていた。

 とにかく彼女を見つけなければいけない。それだけは確かだった。

 ここでのんびり話をしている時間すら惜しく、昴はヘルメットを手に取り、自室を飛び出そうとした。


『今の我だったら! 今の我だったら助ける為に奇跡だって起こしてみせる! おぬしたちのおかげで、いっぱい力が蓄えられたから! だから、その力全部使ってもいい!! なくなってしまってもいいから……昴、お主も……っ助けてやってくれ!!』


 頭を下げて、涙声で訴えてきたイズミの姿を最後に見て、昴は国生家を飛び出した。

 駐車場に出ると、既に解散ムードで帰り始めていた生徒たちを必死に引き止めている翔子がいた。

 昴の姿に気付いた翔子が駆け寄ってきたので、柚季のことを頼んで原付に乗り込んだ。

 昴の行動の意味は分かっていないだろうが、たくさんの生徒たちから激励の声を背後に受けて、昴は走り出した。

 こうして原付の限界まで速度をあげて走っている今も、とにかく苛立って仕方がなかった。イズミと一緒にいてくれればよかったのに、何故彼女は出ていったりなんか。

 きっともう渇ききってしまっている彼女を思うと、やるせなくて。

 どこにいるかなんか全く分からなくて。流れていく景色に、目を凝らすことしかできない。暗くなっていくにしたがって視界は悪くなる一方で、昴の苛立ちは最高潮に達していた。

 自分の働くコンビニに行ってみた。学校にも行ってみた。原付を停めて自分の足で駈けずりまわり、そこらじゅうに目を凝らして探し回った。その名前を何度も呼んだ。彼女は見つからなかった。

 時間だけが刻々と容赦なく、過ぎていく。

 もう間に合わないかもしれない絶望に心がくしゃくしゃになって、泣きそうになっている自分が諦めているみたいで嫌で、とにかくいつものように顔を般若のようにさせてなんとか保っていた。

 太陽が完全に落ちて、夜がやってきて。

 ……その中で、昴は、自分の家の前に来ていた。

 なんでここに来たのかは、分からない。般若みたいな顔をつくっているつもりだったのに、情けないくらい眉が下がってしまっているのが、自分でも分かる。

 家の前に原付を停めて、降りて、ヘルメットを座席において、自分の生まれ育った家を見上げていた。

 こんな時に、なんで、自分はここに――


「昴?」


 その声が聞こえて、昴は視線を声の方向へとゆっくり移す。

 家に帰ってきたのであろう、スーツ姿の女性が不思議そうな顔をして自分を見ていて、気付いてしまった。

 どうしようもない絶望と苛立ちで、もうダメかもしれないなんて泣きそうになった時に、やっぱり自分は――


「助けてほしかった」


 ずっと、助けてほしかった。

 その女性が面くらったように、息を呑んで立ち止まっている。

 その姿を正面に捉え、昴は顔がくしゃりと歪んでしまっていくのが分かる。拳が震えてしまっているのが分かる。


「俺はずっと、アンタに助けてほしかったんだ」


 紡いだと同時、パタリ、と頬に雫があたった。

 次は額に。次は腕に。次は眼鏡に。次々と落ちてきた雫は、徐々にその数が増えていき、すぐにどしゃぶりの雨へとなった。

 昴は呆然と空を見上げる。真っ暗な夜空だった。先ほどまでは夕陽が出ていたはずなのに、きれいに晴れ渡ったオレンジ色だったのに、今の空には星は一つも見えない。気付けば黒い雨雲が空一面を覆っている。その黒雲から、注ぐように大量の雨が降ってくる。

 イズミが、奇跡を起こしてくれた。

 すぐに昴はその事実に気付く。その優しい雨は、まるで誰かを守るかのように、あたたかかったから。


「……すげぇな。やっぱり、神様だったんだ……」


 流れ落ちていく涙と雨が混じりあい、頬から顎に伝い、垂れ落ちていく。泣いているのを隠すように、優しい雨は降り続ける。

 泣いているのに、笑ってしまいそうだった。

 昴の姿を呆然と見ている女性は、家の前なのに雨で全身が濡れそぼり、それでも身動き一つ取れないまま昴を凝視し続けていた。


「だって、だって昴はそんなこと、一言だって、言わなかったじゃない。……言わなきゃわからないわ」


 その言葉に、昴は俯く。

 嗚咽が漏れそうになって、唇を噛む。喉が震える。


「そうだよな……ずっと、何ひとつ、俺は言わなかったから」


 ボロボロになってしまった心は届かなくて、やっぱりこの人を前に絶望だけで。感情のない瞳を母親に向けた。

 帰るよ、と諦めて口を開こうとした、瞬間だった。

 ――ぎゅぅ、と右手を握り締められた感触に、昴は目を見開いていく。


「ううん、そんなことないよ? 昴はずっと、ずっとずっとずっと、言ってたよ。わたしにはずっと伝わってきてたよ」


 その声が耳に届き、涙は流れ続けていたのに、更に溢れ出てくる。


「あのね! 昴はね、お母さんがとってもとってもとーっても! 大好きなんだよ!」


 降りしきる雨の中、服が水分を含んで重たく張り付いている。

 水滴で眼鏡が見えなくなってしまっていて、昴は左の袖でゴシゴシと眼鏡を拭う。

 横を見ると、鮮やかな水色の髪が見えた。

 自身たっぷりにささやかな胸をそらせて、いつもの制服姿の彼女は、やっぱり全身濡れていて。

 そしてやっぱり、満面の笑顔だった。


「これを伝えたかったんだよ! ああもう、これを言う為に死ぬ気の大冒険しちゃったよ! えっへっへ言ってやったえっへっへ!」


 満面の笑みを見せてくれる彼女の右手を、強く握り返した。泣くのを必死で堪えた。涙が溢れてくると視界がぼやけてしまって、彼女自体が消えてしまうんじゃないかって怖くて。

 やっぱり自分は怖がりなままだ。

 母親に向き直ると、母親は気まずそうに視線を逸らせてきた。

 きっとこの人も、自分と一緒なのだ。

 伝えることも、繋がり方も、わからなくて、ずっと戸惑っていて。

 胸の中がすっと晴れていくようだった。彼女が手を握っていてくれることで、彼女が言ってくれたことで、全てを洗い流してくれたようで。

 昴は軽く笑みをこぼす。涙はまだ止まらなくて恰好悪くて情けない顔のままだったけど、今度こそ笑ってしまった。

 産まれてからずっと壊れたままだった関係は、簡単には修復なんてできない。

 母親は目を逸らしたままで、何一つ言葉をくれない。

 でも、バケツの水をひっくり返したような大雨の中で、母親はずっと昴の前に立って逃げないでいてくれた。

 今はもう、それだけでよかった。


「帰ろう、水知」


 だから水知に向かって言った。

 水知は最初、びっくりしたように昴の顔を見上げてきて、一瞬くしゃりと泣きそうになって、最後にやっぱり笑った。


「うん! 一緒に、帰ろう!」


「あ――、」


 何か言いかけた母親がやっぱり俯いたのを見てから背中を向け、歩き出す。

 原付のハンドルを握って、引っ張っていく。

 水知は元気いっぱいに雨水をはねさせている。

 全身は濡れすぎて気持ち悪いを通り越してどこか爽快ですらある。

 奇跡の雨は、まだまだやみそうにない。

 だから昴は願うのだ。ひたすら願うのだ。

 ずっとずっとこの雨が、やみませんように――





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ