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ハーレム?人目③

「……事情は大体、把握しました」


 呼び出しに応じて国生家に駆けつけてくれた翔子が、淡々と述べた。分厚い眼鏡の奥の瞳も、いつもより覇気がないように見える。覇気がない、というか若干怒っている仏頂面風にも見える。

 昴の居候先である、国生家の六畳の和室。時刻は既に夜七時を過ぎている。

 状況は変わらないままだった。幼少の頃、昴が願ったことによって産まれた水の神様、そしてその使い魔。その二人の存在はどこにいってしまったのかわからないまま。しかし昴にも柚季にも美園にも、確かにその二人の存在は記憶として残っている。しかしその記憶も、手のひらにすくい上げた水のようにさらさらとこぼれ落ちていく感覚があって、昴の中で焦りとなっている。美園はもうプライドもへったくれもない状態で、ずっとぐずぐず泣き続けていた。

 行動する、と決めた昴はまず翔子へアプローチをしてみた。あの人外二人をよく知る人物といえば、もう翔子しか残されてない。しかも翔子は、インターネットで二人と頻繁にチャットのやりとりをしていた。きっと昴の知らない二人の側面も知っているはずだ。

 携帯電話の電源を久々にONにして、翔子をここへ呼び出した。

 翔子はすぐにいつもの制服姿でここにやってきてくれた。帰宅してきていた由梨絵に丁寧に挨拶してから、昴の部屋へとやってきた。その表情はここに来た時からずっと仏頂面のままだ。

 あの二人が人外で、昴の為に現れた存在であることは知らなかったらしく、口を挟むことなく話を聞いてくれていたが、ずっと動揺で瞳が揺れていた。

 柚季は由梨絵と二人、夕食タイムで席を外している。由梨絵は「お友達も一緒にどう?」と夕食を一緒に誘ってきたが、今はとてもそんな気分にはなれない。制服姿のままの女の子二人も同じ気持ちだったらしく、翔子は丁重に断っていた。美園にいたっては由梨絵の存在は全く眼にすら入っていない様子だった。

 美園は部屋の片隅で小さく体育座りをして、顔をうずめている。昴が翔子と話している間も、ずっとそうしていた。


「佐藤君は、どうしたいんですか?」


 翔子が昴の方を見ないままで、抑揚なく聞いてくる。


「……俺は、あいつらを失いたくなんかない」


「でも、三日間ずっと塞ぎこんでましたよね。それは全てから逃げ出す為で。あの二人の存在がどうなっても構わないって、そう思っての行動だったんじゃないんですか?」


「……確かに、そう、思ってた……」


 翔子の厳しい物言いに、昴は顔を俯かせる。何一つ言い返せない。


「勝手すぎます。消えちゃいそうだからって、今更焦って。だったら、なんで最初からきちんと向き合わなかったんですか。消えてから後悔したって、遅いんです。ずっとあの二人は、佐藤君に助けてほしかったんです。私にずっとそのことを訴えてた。それでも、全然佐藤君には届かなくて、響かなくて。だから今更佐藤君が何をしたってどうにもならないんです。気付けなかったんだから。だから、」


 翔子はそこで息を深く吸い込み、溜める。


「あの二人が消えるのを、あなたが止めることなんてできないんじゃないですか」


 言い放ってきた。

 昴は完全に言葉を失い、表情のない翔子を見つめる。翔子は昴と目を合わせようとしない。


「偉そうに分かった風な口聞かないでよ! アナタはそれでいいの!? あたしは、あたしは全然納得なんてできないわよ!」


 美園が顔をがばりと上げて、真っ赤になって喚き散らしてきた。その瞳は潤みに潤んで、美少女が台無しになるくらい瞼が腫れ上がってしまっている。


「昴が望む望まないで全部決まっちゃうの!? だって、あたしは、あたしのこの気持ちは昴とは全然関係なんかないわよ! これはあたしの気持ちだもん! その気持ちですら勝手に消されちゃうの!? あたし、また元に戻っちゃうの!? あの子を知らないあたしに戻っちゃうの!? そんなの、そんなの嫌、嫌だよぉ……っ」


 あんなに泣いていたのに、またも美園がくしゃりと顔を歪める。

 昴はその顔を見て、胸が張り裂けそうに苦しくなる。


「ほら」


 翔子が昴を見ないまま、冷たく言ってきた。


「佐藤君の勝手な都合で、美園ちゃんもいっぱい傷ついています」


「……俺は……」


 だったら、どうしたらいいんだ。

 その答えは見つからない。先ほど燃え上がったはずの炎が燻り、翔子の冷たい言葉と態度によってめげてしまいそうになる。

 そんな自分が情けなくて、悔しくて、誰にもぶつけられない感情で心が壊れそうな悲鳴をあげていた。

 ぎり、と歯軋りをしていた。

 また情けない自分に逆戻りしそうになっている。

 ――決めたじゃないか。

 どんなに傷ついたって、何度傷つけられたって、構わないって。

 昴は数秒の思考の後、顔を上げる。


「俺は、それでも、なんと言われても、罵られても、恨まれても、あいつを失いたくない」


 今度こそ翔子を真っ直ぐに見据え、強く言った。


「……そうですか」


 翔子がふいに、立ち上がった。その唇は不機嫌そうにへの字に曲がったままだ。


「本当は、こんなこと言いたくなかったんです。佐藤君がバカで鈍くて、どうしようもないから……」


 顔を俯かせていた翔子が、キッと強く昴を睨んできた。初めて視線が絡み合い、ドキリと鼓動が跳ねた。


「私だって、私だってですね! あの二人が消えていいなんて思ってるわけないじゃないですか!」


 昴は目を丸くし、息荒く声を張り上げた翔子を見つめる。美園もびっくりしたらしく、涙をひっこませて固まっている。


「でも、でも叱らなきゃいけなかったんです! 誰かが叱らなきゃ、いけないんです! 佐藤君は一人なんかじゃないんです! 私も、美園ちゃんも、あの子たちも、柚季ちゃんも、佐藤君のお姉さんも、きっと……きっと、佐藤君の家族も! みんなが佐藤君に関わって生きているんですよ! 三日も塞ぎこんでた佐藤君のことを心配してないわけがないじゃないですか! 自分だけで生きてるなんて思ったら大間違いなんです!」


「……翔、子」


 思わずその名前を紡いでいた。

 ここに来てからの態度の意味を、やっと悟る。翔子は教えてくれていたのだ。昴がどんなに人と深く関わっているのか、繋がっているのか。全てを拒絶しようとした昴に踏み込んで、嫌われるのを覚悟で怒ってくれているのだ。

 涙がこぼれそうになって、込み上げてきたものを堪える。今は感傷に浸っている場合ではない。

 それは翔子も同じ気持ちだったらしく、何度も深呼吸して気持ちを落ち着けている。


「計画を思いつきました」


 呼吸が落ち着いた後、何か吹っ切れたらしい翔子が言ってきた。


「佐藤君は、今から私が話す計画に従ってもらいます。もちろん美園ちゃんも。二人とも、あの素敵な女の子を失いたくないでしょう? 反論は、受け付けませんから」


 昴は神妙な顔で、こっくりと頷く。美園も同様にだった。

 ――その案を耳にして、覚悟していた決意が揺らぎそうになったりならなかったり。美園も、呆然としながら「本気なの? 本当にそんなことするつもり?」と、ブツブツ独り言を呟いて現実逃避をはじめていた。

 翔子は言いたいことを全部吐き出したのか、すっきりした表情になって、帰り支度をはじめた。

 部屋を出る間際、翔子が昴を振り返ってきた。その顔はなんだか拗ねているように見えた。


「実際、まだ佐藤君に対して怒ってるんです。でも、あの子の為に協力するんです。そのことは忘れないでください」


「悪かった。でも、来てくれて嬉しかった。ありがとう」


 言うと、翔子は視線をうろうろ泳がせて真っ赤になっていた。


「全部元通りになったら、またみんなでお出かけのやり直ししましょう。……私服は金輪際見せませんけど!」


 最後の一言は早口で言って、翔子はさっさと逃げ出していった。

 そういえば昴が完全に引きこもるキッカケになった日、翔子の私服を拝みに行くと電話口でニヤニヤ言っていたことを思い出す。

 相当根に持っているらしい。一生翔子の私服は拝めないかもしれないな、と諦めから肩を落とす。

 そうして振り返ると、美園が泣きつかれてスヤスヤ眠ってしまっていた。


「……無防備すぎるだろ、アイドル」


 呟くも、天使の寝顔を見ると少し笑みが漏れた。

 彼女は昴と一緒の気持ちを抱えて、どうしようもなく傷ついている。そして、これから運命に抗う為に一緒に戦う仲間だ。

 柚季が救ってくれて、翔子が叱ってくれて、美園が同じ気持ちでいてくれている。

 こんなにも自分には繋がりがある、と改めて知って。

 それが昴の力となって、湧き上がってくる。

 運命だってひっくり返す、奇跡だって起こしてみせる。

 そんな風にだって、思えた。



 ――翌朝、晴れ渡る青空の下で、昴は実に二ヶ月ぶりの学生服を着て、学校の門前に立っていた。






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