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2-08

夕方というにはいささか早いが、外は陽が傾き始めていた。時刻はPM3:00すぎ、世間はおやつ時になるだろうが、エキゾチックはもうあと1時間もすれば閉店である。朝が早いのだから、閉店時間が他の店より早いのは仕方があるまい。それにこんな辺鄙なところに位置する喫茶店が、遅くまで開店していたとてお客さんが来るとは限らない。どちらかといえば、厄介な連中がたむろするようになるだけだろう。

この時間になってしまえば、お客さんは店内で飲食するよりも、焼き菓子やテイクアウト用の料理を買って帰ることの方が多くなる。おかげでクッキーの袋詰めはよく売れた。あんなにあったクッキーがもう一箱分もない。

店内にいるお客さんは、長居をせずに時計を見てさっと帰っていく人ばかりだ。二階にいる常連客の人たちも、時計の長針が左半分を指すようになれば皆帰っていく。

外から射し込む、ほんの少しオレンジがかりはじめた陽の光が、店内のがらんとしたテーブルや椅子を照らす。正午の忙しさが夢のようだった。この時間帯のお客さんたちがゆっくりしていかないのをいいことに、着実に閉店準備を進めていく。食器を洗って拭きあげて、ごみをまとめて外に出す。

お客さんが少なく、接客の必要もそれほどないため、ホールの担当はヒナタからソラに変わった。ヒナタには生キャラメルを作ってもらわなくてはならない。マダム達の他にも、クッキーを買い求めに来るお客さんに数えきれないほど訊かれたのだ。それだけ需要があるのだから作ってもらわなくては損である。

「てなわけで作って欲しいんだけども」

「え~~~めんどい~~~~」

生キャラメルを定番商品として扱えない理由はこれだ。作り手が面倒臭がって滅多に作らない。だから看板に生キャラメルがある、と書いた日には午前中の昼休み前に売り切れる。そこまで売れる理由は、風味が濃いのに甘味が後を引きすぎないためだ。要は非常に美味しい。

「あれずっと鍋かき回すの嫌なんだけど~~~」

ただし、とてつもなく手間暇がかかっている。そのためにヒナタが作りたがらず、希少性が上がるのだ。かといってヒナタ以外にあの味は再現できない。レシピを聞いて一度代わりにやってみたのだが、なぜか同じ味にならなかった。なぜなら全ての材料は目分量、火にかける時間も感覚で彼女はこなしているからだ。その日の温度や湿度に応じて変えている、らしい。明確に重さを計ってクッキーを作る私とは対極の作り方だ。

しかし渋られても作ってもらわなくてはいけない。週に一度は販売したいのだ。もっと頻度を減らしてもいいのかもしれない。そう思いつつも、そうするとお客さんの間でいざこざが起こりそうなので、なんとしてでも週一で作ってもらっている。

「洗い物させないから作って欲しいほんとに頼むから」

「え~~~~」

文句を言いつつも、ヒナタはやっと生キャラメル作りに取り掛かり始めた。かなり足取りが重い。そんなに嫌か。それもそうか。嫌じゃなかったらとうに作っているはずだ。

「明日はうちやってるけど、明後日と明々後日はお休みだからいいでしょ?」

「うちは休みってだけじゃん~~~」

調理も接客もしなくていいのだから、彼女にとって明日以外は楽なはずだ。一概には言い切れない場合もあるが。

「あっ、ねえクッキー食べたい!!新しいやつ!!明後日!!」

「…本気で言ってる?やなんだけど」

「生キャラメル作るもん、ご褒美!!!」

通常の業務範囲内の仕事をしてもらっているはずなのだが、なぜご褒美をねだるのか。いや、でも生キャラメルを作ってもらうのに新しいクッキーで十分なら安いのかもしれない。しかし、それにしても明後日に調理はしたくない。かといってクッキーの新しいフレーバーを開発したいのも事実である。

食器や調理器具を定位置に戻しつつ、誘惑と葛藤し続けているとヒナタに声を掛けられた。

「ね~これちょっと混ぜてて~うちちょっと2階行ってくる~」

「え?ああ、うんいってらっしゃい」

大きめの鍋に生クリームと砂糖とバターが入れられて、とろ火に掛けられていた。木べらがそこに突っ込まれたままになっている。焦がしてはいけないので鍋底に触れるようにゆっくりと混ぜる。木べらを持ってみると砂糖が溶けきっていなかった。材料だけ入れて行ったのか。鍋から木べらを持ち上げると、ざらりとした液体が滴った。部分的にほんのりとろみもついている。蜂蜜かなにかも入れたのだろうか。

明後日のクッキーをどうするか悩みつつ、無心になって鍋を混ぜる。砂糖が溶けきり、ぽこぽことした泡が立ち始めた。ここで焦って火加減を強くすると失敗する。このままとろ火で混ぜ続けよう。

店内にキャラメルの甘くて香ばしい匂いが漂う。コーヒーのほろ苦い香りと混ざって、キャラメルラテを飲んだような気分になる。鍋の中身がほんのり色付き始めた。どのくらい煮詰めようか。

そこで、ようやくキッチンに戻ってきたソラが驚いた声をあげて我に返った。

「え!ユキが作ってるの!?また!?」

「え?あ……え??ほんとじゃん」

考え事をしているのをいいことに仕事を押し付けられていた。これで何度目かわからない。

「ヒナタ呼んでくる!どうせ2階でしょ?」

足早に2階に向かうソラを見送りつつ、鍋から目を離さないでおく。ここまで来ると一瞬で狙っている色よりも濃い色になってしまう。

「……だってナリトに呼ばれたんだもん!!すぐ行こうと思ってたし~」

「またそうやって!最初っからやらせたんじゃないの!?」

明快なやり取りが階段から聞こえてくる。鍋の中がだいぶいい色になり始めてきた。一番の難所はここだ。ちょうどいい具合に戻ってきたヒナタにあとは任せよう。

「おけーり遅かったじゃん」

「ご~め~ん~」

ソラに追い立てられてキッチンにやってきたヒナタと場所を交代する。そうだ、クッキーのフレーバーはこれにしよう。

「ナッツとキャラメルね」

「なにが???」

きょとんとしているヒナタを置いて、ホールに出ていく。あと数分もすればPM4:00だ。お客さんは誰も残っていなかった。ソラに2階にお客さんがいなかったことを確認し、左腕の時計を見る。もう完全に閉める準備をしてもいいだろう。

店外に出て通りを見渡す。どうやらここに用のあるお客さんはいないようだ。時計の長針を見ると、頂点に達していた。

外に出していた看板を回収する。

喫茶店<エキゾチック>の本日の営業は終了だ。

看板を隅に置き、扉に鍵を掛けて店内のブラインドを全て閉めていく。全て閉め切ってしまうと、通りに面する西向きの窓から斜めに少し鋭く射し込む陽の光が消えた。代わりに暖色の柔らかな照明の光が店内を満たす。閉店した後は掃除が待っている。2階組はきちんと片付けをしているだろうか。

生キャラメルを作り終わったらしいヒナタとキッチンの片付けをあらかた終えたソラがキッチンから出てきた。店員総出でホールを掃除するのだ。総出と言っても3人しかいないのだが。

手早く終わらせて、明日の仕込みに取り掛かろう。

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