2-07
レモンスカッシュを二階に運び終えて時折入る注文を捌いていけば、おやつ時の15分なんてあっという間だ。この時間帯のお客さんは長居することが多いため、注文の数自体は多くないのだ。仮に料理の注文が入ったとしても、仕込みはソラがほとんどしてくれているため、仕事をしてもらうのはもっぱらオーブンだ。
今日は運よくパスタが頼まれなかったので、気を抜いていた。そのときナリトがカウンターにやってきて注文を持ってきた。
「2卓さんレモンティーと紅茶とコーヒーとムース3つだってー」
「飲み物は温かい方?冷たい方?」
「温かい方ー」
ホールの仕事がメインではないのでこういうこともある。
お湯を淹れて温めておいた小さめのティーポットに紅茶の茶葉をティースプーンで2杯、そこに沸かしたての熱湯を注いで3分ほど待つ。その間にティーカップとコーヒーカップも温めておこう。コーヒーはソラが淹れてくれたものが残っている。残念ながらコーヒー派ではない私には、美味しいコーヒーが淹れられない。
紅茶を抽出する間に、ムースの飾りつけをする。冷蔵庫の中にはムースが4つ鎮座している。
「うわっやっっっば…このあと足りるかな…」
滅多に口にしない独り言が口をついて出た。お昼前の予想ではもっと余ると踏んでいたのが失敗だった。あとから追加の注文が入らないことを祈りつつ、いざとなったらもう一度作ることも覚悟しておく。こんな時間から大量のホイップを泡立てるのは正直言って避けたかった。
ココットから小皿にムースを開け、横にベリーソースを添える。コーヒーカップからお湯を捨て、コーヒーサーバーから一杯分注ぐ。腕時計を見つつ、ティーカップのお湯を捨ててティーポットの中をティースプーンでぐるりと混ぜる。茶こしでカップに均等に注いでいき、最後の一滴まで余さず注ぎきる。片方のティーカップにはレモンのスライスを浮かせておく。ソーサーにティーカップを乗せたら完成だ。
ナリトを呼び、飲み物とデザートを運んでもらう。代わりにラザニアの注文が入った。まもなくヒナタとソラが戻ってくる。ラザニアにチーズを散らしてオーブンに任せて、それまでに少しでも洗い物をしてしまう。
一つ目のカップに手を付けると、ソラが先に下りてきた。交代すると言ってくれたので、ちょうど洗っていた最中のコーヒーカップを水ですすぎ、お言葉に甘えることにした。ラザニアがオーブンに入っていることを伝えておく。もう数分もすればだいたいは焼き上がりだが、ソラに言わせると焼きムラが出来るため、少し長めに焼き時間を設定してある。焼き目を見ながら最後に微調整するのだ。失敗すればチーズが黒焦げになってしまうが、ソラに任せれば綺麗に仕上げてくれるだろう。
カウンターに座るお客さんが誰もいなかったため、そこで休ませてもらうことにした。常連さんしか来ないような店だ。どこで休憩しても文句は言われまい。それにこの時間帯にもなれば、客席の半分は空いている。邪魔にさえならなければどこにいてもいい、というのは店員としての開き直りだろうか。
ヒナタも続いて下りてきたので、ナリトを休憩に行かせるついでに何を飲むか聞きに行こうとホールを見ると、2卓の魔女のマダム達に捕獲されていた。人畜無害な顔をしているがゆえによくああやって捕まるのだ。マダム達に捕まるとあとが長い。回収しに行くか。
わざとらしくならないように、布巾を手に取ってナリトの元へ向かう。後ろから少し袖を引き、会話の邪魔にならないように最低限の業務連絡だけしておく。
「休憩行っといで」
マダム達の言葉に笑顔で対応していた彼が、一度言葉を区切ってこちらを振り向く。
「あ、うん、わかった」
そこからまた会話に連れ戻されかけていたので、最終手段を使うことにした。
「ヒナタが呼んでたよ」
「うわまじか」
私の言葉を耳敏く聞いていたマダムの一人が、ナリトから視線を外して私に言葉を投げかける。
「ねえ、生キャラメルはいつ売られるのかしら?」
本日何度目かわからない質問だった。この店の目玉商品の一つだが、あいにく昨日今日と二日連続で販売していない。
本当はマダムの目をまっすぐ見て答えたかったのだが、どうしても遠い目になってしまう。
「ヒナタに聞…」
そこまで言って、カウンターから出てくる当の本人の姿が見えた。腕の通っていない2本の袖が出しっぱなしになっている。
勢いよくスイングドアから出てこようとして、ドアの端に袖が引っかかり、盛大に転んだ。
「痛っっったぁ~!」
その場にいたお客さんたち全員がその声に反応してそちらを振り向く。
「あらあら…大丈夫かしら…」
「ヒナタちゃん慌て過ぎよ~」
色々なところから心配やら何やらの声が聞こえてくる。あんなものは日常茶飯事だ。
ヒナタのところにはソラがすっ飛んでいき、怪我の有無を確認していた。
それを見ながら、もう一度マダムに言い直す。
「ヒナタに聞いていただけますでしょうか…彼女が作っておりますので…」
歯切れが悪くなってしまったがどうしようもない。お客さんからのリクエストともなれば、そろそろ作ってもらえるだろうか。私が作るように言っても聞いてくれないのだ。
「あらそう?なら聞いてみるわね。ごめんなさいねぇ、ナリト君引き止めちゃって」
「いいえー僕も楽しかったですよー」
そうやって喜ばせるようなことを言うからお姉さま方に捕まるのだ。場所が場所ならこれで儲けになっていたんじゃなかろうか。
マダム達に手を振られて見送られるナリトをホールから回収し、二階組にも休憩を取るように伝えてもらう。彼は自分のカップにコーヒーを注いで二階に上がって行った。布巾を作業場に戻し、私もカウンターの隅に座って紅茶を飲むことにした。
ヒナタは無事だったらしい。ソラに袖をしまわれて先ほど声を掛けてくれたお客さん達の元へ行ってあれこれ話している。
ヒナタの世話焼きに追われていたソラが、やっと立ち上がってオーブンの前まで行って立ち尽くしていた。
後ろ姿だけでもなんだかとても悲壮な雰囲気を感じられたので、キッチンに入って直接聞くことにした。おおかた予想はついている。
「どうしたの?」
「チーズ焦がしちゃった…」
予想的中だった。彼女の両手で持ち上げられたラザニアの、表面のチーズが見事に黒焦げになっていた。
常連客しかいないとしても、お客さんにこんな失態を知られるわけにはいかない。ラザニアは賄い行きとなった。つまり私の夕飯である。
もちろん新しく作り直すことになった。しかしオーブンだとまどろっこしいというソラの一言により、彼女が直火でチーズを炙ることになった。出来上がったラザニアは、オーブンで焼くよりも美味しそうだった。もちろんソラが作った料理なのだから、オーブンで焼いても味に変わりは無い。しかしチーズを炙るというパフォーマンス込みで、より美味しそうに見えるのだ。チーズの焼ける香ばしい香りと、熱されてとろけていくその様子を目の前で体験したら、それは食べたくなるに決まっている。もういっそこれを定番にした方がいいのではなかろうか。失敗したソラにはなんだか申し訳ないが、夕飯がラザニアで良かった。
そんな事態を横目に、ナリトが下りてきて二階組のマグカップ2つにコーヒーを注いでいる。
チーズを直火焼きするソラを見て、口を開く。
「高火力~」
それだけ言うと、また二階に帰って行った。




