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2-06

一階の注文を捌ききり、二階に飲み物を運びに行くと、ひょっとこの(あに)さんがセイランと話していた。どうやらコウマとの対局をセイランが見に来たところで、絡みに行ったらしい。

兄さんが手元の駒を指さしながら何か言っているのが聞こえた。

「そおら、ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな、やあ、今何時だい?」

セイランが壁に掛けられた時計を見て答える。

「1時っすね」

兄さんがにんまりと笑みを浮かべる。

「野暮だなァ海坊主、おめぇはだから坊主なんて名前が付いてンだ」

「オレはセイランて名前なンですけど」

「知らねェなァ、んなこたァ」

頼まれていた飲み物を全て提供し終えたので、むっとしているセイランを宥めに行く。

「兄さん意地が悪いですよ、そんなこと言うのは東の妖怪らしくありません」

「ケッ、オレァ海坊主に東の作法ってモンを教えてやっただけよ」

少しそっぽを向きながらもきちんと答えてくれた。自分の言った冗談が通じないからと言って機嫌が斜めになるなんて、まるで子供だ。

盤上を確認する。コウマがかなり劣勢だ。ここから立て直せるのだろうか。

仕方がない。一芝居打つか。

「へい、ここのつでい」

兄さんとセイランとコウマが一斉にこちらを向く。

兄さんがいっそ恐ろしいほどに喜色満面の笑みを浮かべた。即座に言葉が返ってくる。

「とお、十一、十二、十三、十四、十五、十六。ご馳走様」

そう言って指した一手は、コウマの完全敗北を表していた。

「そンじゃあな、雷獣に海坊主に雪女、楽しかったぜ」

呆気に取られたままのコウマとセイランをそのままに、兄さんは一階へ下りて行った。


机に残されたお盆を回収する。煎茶は全て飲みきったようだった。

「また負けた…」

コウマが盤面を見つめてうなだれている。彼は兄さんが来るたびに対局しては敗北を喫している。それでも学ぶところは多いようだ。駒を動かし、始まりの盤面から対局内容を再現していく。しかし先ほどのトドメの一手のところまできて、またうなだれてしまった。

「勝ち筋が無い…」

うんうん唸っているところで申し訳ないのだが、コウマが小柄なのも相まって、背中を丸めて小さくなっているととても可愛い。本人には口が裂けても言えないが。

さて問題はセイランだ。こちらはまだ拗ねている。兄さんより扱いが大変だ。一言釘を刺しておこう。

「セイラン、兄さんみたいな粋な妖怪に憧れるんだったら東の文化くらい勉強しな」

「十分やってンだろ」

先ほどの、東で一番有名な噺も知らないでどの口が言えるのか。それに、東出身の妖怪に向かって生半可な東にかぶれた言葉は言わない方がいい。

「だから坊主なンだよ、おめぇはよォ」

口慣れた言葉で制しておく。懐かしい響きだ。

少しぎょっとした顔をされたので、もう一言付け加えておく。

「あとあんたの東の言葉、なんかちょっと変だよ」

言いすぎだったようだ。こちらもうなだれてしまった。かといってこれ以上構ってはいられない。一階が大変なことになっているのではないだろうか。少し遊びすぎてしまった。

カウンターで本を片手に少し暇そうにしていたナリトに声を掛け、ホールの手伝いをしてもらうことにした。のほほんとした顔立ちをしている彼は、案外客受けがいい。一番のピークを過ぎたら、ヒナタを休憩させてナリトを一人にしても問題ないだろう。うなだれている二人をそのままにして、私たちは階下へ下りた。


一階に戻ると、覚悟をしていたほど多忙ではなかった。お昼のピークを過ぎ始めたからだろう。それでも暇なわけでは決してない。お客さんがいる限り、仕事はなくならない。

「ユキ!遅い!」

私がいない間、キッチンでワンオペをしていたソラに一喝された。ぐうの音も出ない。

「ごめん、つい盛り上がっちゃった、すぐ代わる!」

ナリトをホールに送り出し、私は飲み物とデザート作りもしてくれていたソラと交代した。

下りてきたときに感じた穏やかさは幻覚だったのかもしれない。作業机が大変なことになっていた。レモンの蜂蜜漬けの瓶には大匙が入ったまま放置されている。牛乳も注ぎ口が閉じられていない。炭酸水の入ったボトルも同じだ。マドラーは水の入ったグラスに刺さっている。ブラウニーに飾り付けるためのミントが、一枝そのまま洗った状態で布巾の上に置かれていた。整理整頓が上手な彼女がここまで散らかすのだ。忙しさが目に浮かぶ。

そこからはまた黙々と作業することとなった。これ以上ソラに負担は掛けられない。それにおやつ時になればまた多少は手が空く。そこまでの辛抱だ。

客席が満席でなくなり始めてから、ヒナタとソラを休憩に送り出すことにした。休憩と言っても専用の部屋があるわけではないので、二階のカウンターの隅に行くだけだ。忘れずにパン屋のご主人からいただいたラスクを渡す。飲み物はあとで持ってきてほしいと言われた。二人ともレモンスカッシュをご所望だ。人使いが荒いが何も文句は言えない。

時刻はいつの間にかPM2:00を回っていた。

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