2-05
昼休憩が終わった後は一番の稼ぎ時の、お昼時がやってくる。
店内にあるテーブルが5つにそれぞれ椅子が4脚ずつで20席、カウンターに5席の25席、それが全て埋まる時間帯だ。日によっては外で2~3組のお客さんが待っていることもある。
ヒナタの腕がいつの間にか4本に増えていた。ずっとホールを動き回っているので少し暑そうだ。袖が折り上げられている。ソラも大わらわだ。火力の調整に気を使いつつ、冷蔵庫とコンロの前を行ったり来たりしている。息つく暇もない。
それでも次から次へと注文が入る。流石全席埋まっているだけのことはある。
キッチンから出ることも叶わず、一心不乱に飲料とデザートを作り続けていると、聞き覚えのある声がした。
「おぅい、雪女の姉ちゃん、今日は雷獣のあんちゃんはいるけぇ?」
ひょっとこの兄さんだ。
「こんにちは。雷獣でしたら二階におりますよ。ご注文はどうされますか?」
久しぶりに見る顔だ。のらりくらりとした風来坊のこのお客さんの名前を、私たちは聞いたことがない。紺色の着流しを来て、たまにうちにやってきてはコウマと対局して帰っていく。私たちが彼の名を知らないが故に呼べないように、彼もまた私たちの名を呼ばない。端から覚えるつもりもないのだろう。根無し草らしき彼は、きっと関わりあう者の名を覚える必要は無いのだ。
「煎茶と磯辺だわな、おめぇさんも覚えてンのに無粋なことをするねェ」
しらとぼけたのがバレていた。
ひょっとこの兄さんは東の出身の妖怪で、東の食べ物を所望するのだ。忘れられるわけがない。
「風来坊なのに、その土地のものを食べない兄さんも無粋じゃありませんか?」
一言くらい反撃させてほしい。賄い用の小型冷蔵庫の下段、冷凍室から切り餅を二つと、冷蔵室から八ツ切りの海苔と醤油を取り出す。
タイミングよく空いていたオーブンで餅を焼きつつ、小皿に醤油を出しておく。餅が焼きあがるまでの間に煎茶に取り掛からなくては。
「おめぇさんもいっぱしの口きくようになったじゃねェか、えぇ?オレァよぉ、こういうとこで食べる故郷の味が一番うめェって知ってンだよ」
喫茶店に一つしか置いていない急須に、棚の奥から取り出した瓶に入った茶葉を茶さじで3杯。熱湯を注いではいけない。つい先ほど沸かしたばかりのお湯が入ったポットから、湯呑1椀とティーサーバーにお湯を注ぐ。温度を冷ますのだ。
「舌の肥えてそうな兄さんにそんなことを言ってもらえるのは嬉しいですねぇ」
つい釣られて東の言葉が出てきてしまう。これでも一応私の出身は東だ。だから餅も海苔も醤油もストックがあるのだ。私だってたまに故郷の食べ物が恋しくなることがある。もしストックがなければ兄さんはうちの常連にはなってくれなかっただろう。
「たりめェよ、オレァ粋だからよ」
「ふふ、そうですよねぇ、兄さんは粋でいなせですからねぇ」
ふふんと鼻を鳴らして、兄さんは満足げに二階へ上がっていった。面白い人だ。
オーブンで餅がぷっくりと膨れて、表面にほんのり焦げ目がついてきたので裏返す。両面香ばしく焼いたほうが醤油が染みて美味しい。
お湯の加減はもうこのくらいでいいだろう。湯呑みのお湯と、ティーサーバーのお湯を急須に入れると、紅茶とは違う落ち着く香りが漂った。蓋をして1分ほど置いておく。ここからは時間との勝負だ。
あっという間に反対側も焼けた餅を急いで取り出し、小皿に出していた醤油に浸して両面に海苔をはる。かなり熱い。箸でやった方が安全だが、なんとなく熱い熱いと思いながらも素手でやることに醍醐味があると思っている。
磯辺焼きを手早く作ったら今度は煎茶だ。本当はいくつか湯呑みを出して均一な濃さになるように注ぐべきなのだが、飲むのは兄さんだけだ。最初の一杯は注いでいくが、あとはもう自分でやってもらおう。粋でいなせな兄さんなら、手酌の煎茶も美味かろう。
お盆に磯辺焼きを盛った焼き物の小皿と、急須と湯呑みを乗せて二階に上がる。
二階もそこそこ盛況だ。前後に2列、横に5列、合計10の机に、向かい合うように椅子が二つずつ置かれている。全ての席が埋まるほどではないにせよ、半分以上は誰かしらが座っている。
コウマと兄さんは、階段の登り口から一番離れた席で向かい合っていた。それを視界に入れて近づいていくと、窓を背にした椅子に座っていた兄さんが先に私に気づいた。
「雪女の姉ちゃんは仕事が早ェなァ、もう出来上がりか?」
「ええ、磯辺は冷めたら美味しくありませんから」
そう言ってお盆ごと兄さんの横に置く。
「よく分かってンじゃねェか、ありがとよッ」
礼を言うや否や磯辺にかぶりついていた。空腹だったのだろうか。
コウマが困惑している気がする。ものすごく視線を感じる。でも今回は助け船は出さない。アズマさんの時に助けてくれなかったのだ。この恨みはらさでおくべきか。
「それではごゆっくりどうぞ~」
そう言いながら他のお客さんの空いた皿も回収していく。何人かから飲み物を頼まれたのでまた往復しなければいけなくなった。
キッチンに戻って頼まれたレモネードを作りながら、また久しぶりに東の料理を作ってもいいかもしれないと思った。




