2-04
時計を見ると、AM10:50だった。カンナさんは少し早く帰ったようだ。いつもより早めに休憩時間に入ることになった。それなら、少し手間のかかるお昼にしてもいいだろう。
賄い用の冷蔵庫を覗き込む。この前買ってきて食べていないベビーリーフがあった。それと鶏もも肉。よし、ハーブチキンソテーにするか。付け合わせはジャガイモにしよう。あと玉ねぎのマリネも欲しい。チキンソテーとの相性が抜群なのだ。
主食はクリームパンだ。デザートにするには重すぎるので主食に格上げだ。デザートが欲しければムースを出そう。このままいくと余ってしまいそうだ。
ソラに昼休憩のメニューを伝える。
「チキンソテー!あれ美味しいから好き!うち焼くね!」
そういってチキンソテーと付け合わせは彼女が焼いてくれることになった。下味を付けるのは私だ。ヒナタを呼んで玉ねぎのスライスとジャガイモのくし切りを頼む。渋々ながらも了承してくれた。
2階への階段に向かって呼びかける。
「2階組ー!お昼作るの手伝ってー!」
返事はなかったがすぐに下りてくるだろう。やってもらうことはたくさんあるのだ。人手は欲しい。
鶏もも肉3枚の両面に、ミル付きの岩塩と黒コショウをがりがりと削り、ディルの葉を少し刻んで全体に散らす。
ソラが用意良く、大きめのフライパンにオリーブオイルにニンニク一欠けを入れて熱してくれていた。ある程度香りが立ったらニンニクは取り出してしまう。そして下味を付けた鶏もも肉を皮目を下にして、蓋をして弱めの中火で10分。そのあと裏返してまた3分。最後に皮目をパリッとさせるために蓋を取って強火で1分。それだけで皮はパリパリなのに身はしっとりとジューシーなチキンソテーになるのだ。出来上がったものを想像して口の中に唾液が溢れる。焼きあがるのが楽しみだ。ジャガイモは鶏肉の横に放り込んでおけば勝手に美味しくなる。誠に便利な根菜だ。
焼く工程をソラに任せ、ヒナタにスライスして貰った玉ねぎをマリネにしようと、ボウルに玉ねぎを移していると、2階の三人組が下りてきた。もちろんセイランはコウマに引きずられている。そうでもしないと下りないと判断されたのだろう。
「俺ら何すればいい?」
「ぐええ……苦しい……」
セイランの首根っこを掴んだまま、コウマに尋ねられる。
「んー、コウマにはベビーリーフ洗って盛り付けて貰おうかな、ナリトはヒナタと一緒にもっかいホールのテーブルの片付け行ってきて。セイランは洗い物」
それぞれに指示を出し、マリネ作りに戻る。2階組の中ではコウマが一番しっかりしているので、調理工程に入るのは彼だけだ。それ以外に任せるのは、一抹の不安が残る。
玉ねぎに塩と砂糖と目分量で入れる。玉ねぎ3つ分なので、大体小さじ1ずつくらい入れれば良いだろうか。足りなければあとで足せばいい。軽く揉みこんで水分が出るのを待つ。その間に冷蔵庫にしまっていたクリームパンをオーブンで軽く焼く。表面が焦げないようにアルミホイルを被せておく。あそこのパン屋のクリームパンは冷めてももちろん美味しいが、温めた方が香ばしさがついてもっと美味しくなるのだ。
玉ねぎから水分が出てきたので、一旦水気を絞る。そこに酢と追加の砂糖と粗挽きこしょう、そしてほんの少しのレモン汁。ああ、そういえば口を切ったケッパーのピクルスが残っていたはずだ。いい機会だから入れてしまおう。ざっくり混ぜ合わせて味を見る。少し塩が足りない。一つまみ入れてみると味が引き締まった。よし、これで完成だ。
ヒナタとナリトはお喋りをしながらも着実に仕事を片づけている。ソラは時計と睨めっこをしつつ、チキンソテーに向き合っている。コウマは黙々とサラダを完成させている。セイランは大人しく私が終わらせきれなかった洗い物をしている。賑やかに話しながら一緒に料理をするのも楽しいが、こうして静かだが穏やかに仕事をこなすのも嫌いじゃない。
マリネを人数分の小鉢に盛り付け、最後にオリーブオイルを一回しする。サラダも盛り付けが終わったようだ。ちょうどいい具合にオーブンも鳴った。ヒナタとナリトを呼び、出来上がった品を持って行ってもらう。皿数が多いのでお昼はカウンターではなくテーブル席だ。
焼きあがったクリームパンを大きめの皿に並べる。ああそうだ、飲み物はどうしようか。
「みんな何飲むー?」
一斉にいろいろな方向からほぼ同時に返事が聞こえた。
「コーヒー」
「カフェオレ!」
「ホットレモン!!」
「コーヒー」
「ジンジャーエール」
誰が何を言ったのかまるで何も聞き取れなかった。
「聞き取れん!順番に名前と飲みたいもの言って!はい、そこの配膳組!」
これなら流石に分かるだろう。
「ナリト、コーヒー」
「ヒナタ!ホットレモン!!」
よしそこの二人は確定だ。
「はい次キッチン組!」
「コウマ、コーヒー」
「ソラ、カフェオレ!」
「セイラン、ジンジャーエール」
今度こそ全員分把握した。コーヒーとカフェオレはソラがさっきまで淹れてくれていたものの残りでいいだろう。それぞれのお気に入りのマグカップを出して、ソラにコーヒーを貰っていいか聞いたところ快諾してくれた。お言葉に甘えて人数分注いでいく。ソラのカップには半分ほどしか注がなかった。残り半分は牛乳だ。そして二名の特殊オーダーに答えねば。ヒナタのカップにレモンのシロップを大匙2杯入れ、一か所開いていたコンロで小さなポットをお湯を沸かそうとすると、ソラに止められた。
「うちやるよー、今時間待ってるだけだから!それとうちがやった方が早いしさ」
「そっか、助かるよありがとう」
彼女の狐火の能力は本当に便利だ。火の扱いどころか温度の扱いまでお手の物なのだから感服だ。
仕事のなくなったコウマは配膳組に合流していった。キッチンに人数が多すぎると困ると判断して、そちらに向かったのだろう。
ポットを温めてもらっている間に、一番の問題児からのリクエストに答える。ジンジャーエールが来るとは思っていなかった。
冷蔵庫にしまっておいた自家製生姜シロップの入った瓶を取り出す。ついこの前作ったばかりだからあまり味が馴染んでいないのではないかと思ったが、賄いだから許されるだろう。グラスに氷を入れ、シロップをこちらも大匙2杯入れ、マドラーに炭酸水を伝わせて注ぐ。そしてゆっくり底からかき混ぜる。ストローは刺さない。必要なら自分で持って行ってくれ。
ソラから声を掛けられ、ポットをトリベットの上に置いてもらう。もう一度感謝を述べておく。
ヒナタのカップにお湯を注ぎ、スプーンでしっかりかき混ぜる。少しでも味を楽しんでもらうために、漬けてあったレモンのスライスを一枚カップの底に沈める。見栄えが悪くなるのでお客さんにこのスタイルで提供したことはないが、こっちの方が味も香りも長く楽しめるのだ。
出来上がった飲み物も持って行ってもらう。
そうこうしていると、チキンソテーが完成したようだった。火加減はソラが見てくれていたおかげでばっちりだ。一旦切るためにまな板に移して包丁を入れてみると、綺麗に満遍なく焼き色がついた皮がバリッと音を立てた。切ったところから見える身も、火が入りすぎて縮んでおらず、ふっくらしている。ああ、本当に美味しそうだ。手早く3枚あったソテーを半分に切って、ソラが出してくれた真っ白な皿に盛り付ける。付け合わせは彼女が既に盛ってくれていたようだ。
「出来たよー!」
両手に6枚の皿を器用に乗せたソラが、既に他の友人たちが集まっているテーブルに向かっていく。
そうだ、セイランはどうしているのか、と思い振り返ると先ほどまで色々作っていたときに出た洗い物をまださせられていた。それでも彼の海坊主の能力をもってすれば洗い物はすぐに終わる。
彼を気に掛けつつ、それを本人に悟られないようにして、既にキッチンを出ている4人に尋ねる。
「今日たぶんムース余っちゃいそうだからさ、食べたい人いればデザートにでもし…」
言いかけたところでヒナタが食い気味に返事をしてくれた。
「食べたい!!!」
「おお…わかった、あとは?」
「俺食べたい」
そういってコウマが手を挙げる。2つ、いや私も食べるから3つか。このあとどのくらい売れてくれるだろうか。
お盆にムースを入れて固めたココットを3つ乗せる。洗い物が終わったセイランに持って行ってもらう。最後に自分の飲み物だ。朝と同じ紅茶でいいか。カップにティーバッグを入れ、残っていたお湯を注いでそのまま持っていく。ティーバッグは途中で引き抜けばいいだろう。
お昼休憩が終わるまで、あと30分を切っている。
ゆったり食べられるわけではないが、味わって食べるくらいの時間はあるだろう。
他のみんなが集まっているところに、隣のテーブルの椅子を1個引っ張ってきて1つの食卓を囲む。号令は私だ。
「じゃあ午前中お疲れ様でしたーいただきます!」
「いただきます!」




