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2-01

さて、時間厳守で開店したとて、喫茶店<エキゾチック>は行列が出来るような店ではないので、開店と同時に混雑するだなんてことはない。いっそ閑古鳥が鳴きそうなほど、開店直後は暇だ。そもそも街外れに構えている店に、わざわざ朝一番に来るような客の方が少ない。

喫茶店<エキゾチック>は、一番の繁華街である中街よりも、ずっと西に位置している。距離で言うならば、列車で2時間ほどかかるくらいには離れている。中街に長く住んでいたヒナタに言わせれば、ここは僻地らしい。分からなくはない。何せ機関車の本数が少ないのである。それでも最近はずいぶんこのあたりの開発も進んだのだ。一昔前まではここの土地にお金がないあまり、蒸気機関車を買うことができず、その代わりにトロッコが走っていたらしい。今となっては信じられないが。

しかしその発展のおかげで西側はずいぶん活気ある場所となった。昔は荒れ地や畑ばかりで住居は点在していたのみだったと、古くからここに住む隣人のトキさんに以前教えてもらった。

今では「十口(とぐち)通り」ができて、商店街としての様相を呈している。通りの名前の由来は、まだ出来たばかりの頃に十軒しか店が並んでいなかったことからだそうだ。今では数えきれないほどの店が並んでいるのからすると、想像もつかない。ちなみにエキゾチックはその「十口通り」の一本奥の通りに居を構えている。

そんなことを考えながら、店頭に立って左斜め前のパン屋から漂う香ばしい香りにうっとりしていると、前方の方からいつもの足音が聞こえてきた。

足音が聞こえてきたほうに身体を向けて、一呼吸置く。常連客の方だとは言え、無礼は許されない。大事なお客様なのだ。

背筋を真っ直ぐに伸ばし、優雅に歩いてくる初老の女性が近づいてくる。ところどころに白いものが混じっているが、きちんと手入れされた柔らかな黒いショートヘアが、一歩踏み進めるごとに楽し気に軽やかに揺れる。春先の風に、首元に巻いた淡い桃色のショールが少したなびく。

「おはようございます、シキブさん。」

笑みを浮かべて、こちらから挨拶する。店員から挨拶をするのは接客業の基本だ。彼女も笑いかけながら言葉を返してくれる。

「おはよう、ユキちゃん。今日も、いつものお願いね。」

「かしこまりました。」

扉を開けると、ドアベルがカランコロンと鳴った。先に店内に彼女を通す。

「いらっしゃいませー」

ソラとヒナタの声が聞こえる。

さあ、営業開始だ。


シキブさんはカウンターの一番窓側の席が定位置だ。彼女のお気に入りのカップに濃い目に抽出した紅茶と、ちょっとお高めの牛乳を注ぐ。お客様にお出しするものに妥協はしたくない。彼女好みの紅茶と牛乳が4:6のミルクティーを作り上げ、ソーサーに乗せる。そして小皿にお手製クッキー4種の盛り合わせ。この組み合わせがいつもの注文だ。深紫のロングスカートを、乱雑な皺にすることもなくカウンターの背の高い椅子に腰かけた彼女の前に提供する。ハンドバッグから取り出した分厚い文庫本を開きながら、私の方を向いてにっこりと笑った。

「ありがとうね。」

「いいえ、ごゆっくりどうぞ。」

私も笑って答える。

さて、ブラウニーを焼かねば。

金型に型紙を敷き、生地を流し込んで予熱しておいたオーブンにかける。シキブさんは読書が捗っているようだ。時折カップを持ち上げたり、クッキーを摘まんだりする姿が見えた。

彼女は紅茶味のクッキーがやはり一番お気に召しているらしい。口に含んだ後、指先をレース刺繍の入ったハンカチで拭っているとき、その後ろで二つに別れた長い尾がゆらゆらと揺れていた。表情はあまり変わっていないが、美味しかったようだ。作り手冥利に尽きるというものである。

猫又の彼女は日当たりの良い場所を好む。そして私たちがキッチンで色々作業している音を聞きながら読書をするのが好きだと言っていた。静かなところで読むよりも安心するのだそうだ。

ブラウニーが焼きあがるのを待ちながら、ソラとヒナタの手伝いに回る。看板メニューであるグラタンとラザニアはある程度完成していたので、次はオニオンスープだ。何を手伝おうか。

そこで、玉ねぎを薄切りにしているヒナタに頼まれる。

「ユキ、ちょっとバゲット買ってきて!あんま残ってなかった!」

「えうそでしょ」

在庫管理に失敗していたようだ。付け合わせが足りないだなんてことは一大事なので、急いで裏口から斜向かいのパン屋に向かう。裏道を通って表まで出てくると、こちらに歩いてくる大柄な男性が見えた。ナラさんだ。開店してから比較的早くにやってくる常連客の方だ。

「おはようございます、ナラさん。もうシキブさんはご来店されていますよ。」

「おはようさん、ユキ。そうかい、じゃあちと、おれの方が出遅れたなあ。」

鷹揚に笑いながら、店内に入って行った。彼はシキブさんと読書仲間なのだ。彼らは今日はどんな話をするのだろうか。彼らの機知に富む会話を聞くのが、私の密かな楽しみだったりする。

それはさておき、私は買い出しだ。パン屋でバゲットと、このあとのお昼休憩のために美味しそうな総菜パンを買うことにした。それにしても、どの商品を見ても目移りしてしまう。おかしいな、さっき朝食は食べたはずなのだが。電球の暖かな光を受けてきらきらと光るフルーツパイ、こんがりと揚がったカレーパン、そしてこの店の目玉のクリームパンに、ダイスカットされたチーズが贅沢に入っているチーズパン。どれにしようかと悩みかけて、仕事中だったのを思い出す。いけない、オニオンスープが待っている。どうしても食べたくなったクリームパンを人数分と、バゲットを購入して<エキゾチック>に戻る。パン屋のご主人がいつも色々買ってくれるから、といってパンの耳のラスクを持たせてくれた。あとでみんなでいただこう。


店内に帰ると、ヒナタがカウンターでシキブさん達と話していた。羨ましい。私も混ざりたい。

私情はさておいて、バゲットを作業台に置いて、クリームパンを小型冷蔵庫にしまっておく。もうすぐ客足が増え始めるだろう。ちょうど焼きあがったブラウニーを取り出して冷ましておく。次は何を作ろうか。ソラに何か手伝うことはあるか聞いてみたが、特にないそうだった。彼女の前にある大きな鍋の中ではオニオンスープがほぼ完成していた。あとは少し煮込むだけだ。

バゲットの薄切りでも作っておくかと思い、作業台で一心にスライスに励んでいると、カランコロンとドアベルが鳴った。新しいお客さんだ。キッチンから顔を覗かせる。学生のようだ。セーラー服を着ている。

「いらっしゃいませー」

そこで急にナラさんが立ち上がる。あまりそういった慌ただしい動きをしない方なので驚いてそちらを向きかけて踏みとどまった。決して彼を見上げてはならない。

「あわわわわわ……」

ただし残念ながらヒナタは見てしまったらしい。倒れかかった彼女を左手で支えて抱き起こす。

そう、ナラさんは見越しの入道だ。

「ナラさん、いけませんよ。」

優雅にティーカップを傾けながらシキブさんが注意する。もちろん視線は向けていない。

「おお、すまん、すまん、ついこの前そこでこの店を教えた子だったもんでな」

「そうだったんですね、ありがとうございます。」

だいぶ立ち直っているヒナタから手を離し、今しがた入ってきたお客さんを今度こそきちんと見る。カウンターの近くまでやって来ていたのでよく見える。だいぶ小柄な女の子だ。

「あの、その……」

消え入りそうなほど小さいが、可憐な声だ。緊張しているのだろうか。私よりもヒナタに接客させた方がいいかもしれない。

「えっと、クッキー、ありますか……」

「ありますよ!店内で食べますか?それとも持ち帰りますか?」

店員としての口調が若干崩れているが、その方があの子が緊張しないで済むというヒナタなりの気遣いなのだろう。

「あ、えっと…持ち帰り、で……」

「分かりました!ユキ!袋詰め作って!」

こちらを振り向いて指示される。

「はいはい」

クッキー4種類を2枚ずつ、なんだかんだ人気のメニューだ。丁寧に袋に入れている間に、あの学生の子とナラさんの話が少し聞こえた。どうやらナラさんがうちの店のクッキーをあげたところ、もう一度食べたくなってここに来たのだという。嬉しい限りだ。

出来上がった商品をカウンターでお喋りに興じるヒナタに手渡す。会計も接客ついでに彼女にやってもらおう。小さい声ながらもきちんと感謝の言葉を述べながら、学生服のあの子が店を出ていく。

またドアベルが鳴る。お客さんだ。読み通り客足が増えてきた。

「いらっしゃいませー」

バゲットは切り終わった。先にクッキーの袋詰めをいくつか作ってしまおう。開店後はおやつにこうした焼き菓子を買っていくお客さんが結構いるのだ。待たせるわけにはいかない。

忙しくなりそうだ。

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