第二節 『れきしのおべんきょう』
「おはようございます、神子姫さま!」
朝餉を食べたあと、お部屋でごろごろしてるボクのところに、一羽の小っちゃなカラスさんがやってきた。
人みたいに二本足で立って、真っ黒の羽根をパタパタして飛び回っている。
カラスさんの名前は、勘十郎。
勘十郎はね、烏天狗っていう妖怪さんなんだって~。
ボクが生まれた時からずっと遊び相手になってくれているんだ。
だから、ボクにとってはもうお友達みたいな存在なの。
でも勘十郎は違うみたい。
ボクが将軍家のお姫さまだからか、ちょびっとだけ距離を感じるの。
名前で呼んでくれないし……。
「おはよ~、勘十郎! きょうもいいお天気だね♪」
ボクはにっこり笑って、勘十郎を重ねた両手の上に乗せた。
「はい! 今日は一日中晴れ模様ですから、良いお勉強日和ですね!」
「おべんきょうやだぁ~」
「そんなこと仰らないでくだされ、神子姫さま! 傅役の重正殿が悲しみますぞ~?」
「だってぇ、つまんないんだもん……」
お勉強の内容もむずかしくて、ボクにはちんぷんかんぷん。
もう、さっぱり分からないの。
「そう言わずに……今日も頑張りましょう? ね?」
「むぅ~」
ボクはもちもちほっぺたを、ぷっくり膨らませてご機嫌ななめになる。
でも本気で怒ってるわけじゃないの。
ただのワガママだって、ボクも分かってるからね。
「……分かった」
だからすぐにお勉強の準備をする。
といっても、もうお着替えは終わってるから、あとは重正の待つ書院に行くだけ。
「では、参りましょう~!」
なんでか、ボクより張り切ってる勘十郎。
その小っちゃな背中を見ながら、ボクはぴょこぴょこあとをついて行った。
「──本日は安土の歴史を学びましょう」
「はーい」
「ではまず、お手元にございます“安土史”をお開きくだされ」
ボクは言われた通りにした。
安土史って書いてある本を開いて、びっちりと並んだミミズみたいなへにゃへにゃ文字をじっと見つめる。
なに書いてるの? これ?
「安土の歴史はとても長く、将軍家が直接治める幕府時代よりも、ずっと昔から続いております」
「…………」
ぜんぜん読めないから、ボクはお口を閉じて静かに聞いていた。
「我が国の象徴である女皇陛下が国を作られたのは、今から約三千年前とされております」
すごい昔からあるんだね。安土って。
「これは女皇陛下が書かれた書物“高天宮御記”に記されており、高天原御殿には今も女皇陛下がおわしますゆえ、機会があれば直接、確かめることも可能にございます」
……。
「そして女皇陛下が直接統治していた時代の事を“神威時代”と言います。神威時代は千年ほど続きました。その時代、安土は極東の島国でありながら、世界列強国の一角に数えられるほどの栄華を極めたのです」
…………。
「しかし、いつの時代も終わりが来るものです。神威時代の終わりは二千年前、世界中を巻き込む大戦が勃発したことで終わりを告げました」
………………。
「海を隔てた先にある大陸“オルレーゼ”や、そのさらに南方にある大陸“ヴィジャス”では、先の大戦を“聖戦”と呼び、我々は“神魔大戦”と呼んでおります」
…………………………。
「さて、ここまでで理解できぬ箇所はございましたかな?」
「すぴぃ~。ぷぴぃ~」
「み、神子姫さま! 起きてくだされ! 質問されておりますぞ!」
「んぅ……。もうたべれないよぉ~」
「…………」
「あ、あはは……」
これはあとで聞いた話なんだけど、この時、勘十郎は愛想笑いを浮かべるしかなかったみたい。
「神子姫さまぁぁああああああああああ~~~~っ!!」
書院中に勘十郎の叫びが木霊した。
それでもボクは──、
「──んひひ、むにゃむにゃ」
ずっと夢の中にいたんだってさ。
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