第9話:帝の影、闇の囁き
扉の奥に広がる帝の間は、静寂と威厳に満ちていた。
朱塗りの柱が天井までそびえ立ち、金箔の装飾が柔らかな光を反射している。梨花は一歩一歩進みながら、胸の奥が締めつけられるような緊張を感じていた。
(こんなに近くで帝の姿を見たことはない。だが、怖いわけじゃない……むしろ、この緊張は、真実に触れられるという期待かもしれない)
侍女たちの視線がじっと背中に刺さる。梨花は肩を正し、玉座の前に立つと、自然に頭を垂れた。
「梨花よ、よく来てくれた」
帝の声は穏やかでありながら、底に不動の決意が響いていた。
梨花はその眼差しに引き込まれそうになりながらも、必死に平静を保つ。
「お呼びいただき、光栄に存じます」
帝の言葉が続く。
「蓮妃の香炉の件、君の働きはよく伝わっている。だが、この後宮の闇は、蓮妃と芍薬妃の確執だけで終わるものではない」
梨花の心に重い影が落ちる。
(単なる妃たちの嫉妬ではない……これはもっと深く、根が張った政治の闇だ)
帝は視線を遠くに向け、口を開く。
「芍薬妃の父君は昔、失脚し、多くのものを失った。その恨みが妃に宿り、後宮の奥深くまで毒が浸透しているらしい」
梨花は小さく息を吸い込み、覚悟を新たにした。
(怨念がここまで――。だが、私は医師として、真実を暴く。それが私の役目)
「そして蓮妃。彼女は何を隠し、何を守ろうとしているのか。それも見極めねばならない」
帝の目に、一瞬の影が差した。
その影は、何か過去の痛みを帯びているようだった。
「梨花よ、この問題は後宮の平穏だけでなく、国家の安寧にも関わる。君に託す」
梨花の胸は激しく高鳴った。
(帝が私に望むのはただの解決ではない……真実の暴露か。それは多くの人を巻き込むことになる)
「必ずや、真実を明らかにいたします」
自分の言葉に、震えるほどの責任感と覚悟が宿った。
その覚悟が、帝の微笑みに応えたのか、玉座から立ち上がった帝は静かに扉へと向かった。
扉が閉まる音が、室内に響く。
梨花は深く息をついた。
胸の中で、熱いものが込み上げる。
(さあ、ここからが本当の戦いだ。誰も私の味方ではないかもしれない。それでも、私は私の信じる道を行く)