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第38話:竜胆の影紋

 薬草園の焼失から二日。後宮の空気は、張り詰めた糸のように緊迫していた。


 ユウは診療院の一室で、燃え残った帳面の焼け焦げたページを前に、じっと眉間に皺を寄せていた。


(竜胆の毒性だけではない……そこに記されていたのは、ある“影紋”の存在だった)


 帳面の隅に薄く記された模様。それは薬草の成分表というよりも、むしろ──


 「……紋章?」


 ユウは小さく息を漏らす。


 それは、後宮のある一族が代々用いてきた家紋に酷似していた。



 宮廷の一角、古びた屋敷。そこには静かに扉が開けられ、暗がりの中から男の低い声が響いた。


「薬草園の炎……やはり、計画通りだったか」


 薄暗い部屋の奥で、濃紺の衣を纏った男が目を細める。


「“竜胆”の抽出方法は秘匿したまま、役人たちの死を隠蔽し、実験を進める……私の手がかりは次第に絞られていく」


 彼の前には、数枚の役人の写真と後宮内の人間関係を示す書類が広げられていた。


「しかし、あの“薬師”の存在が邪魔だ。ユウという名の薬師……やはり、彼女はただ者ではない」



 翌朝。診療院の窓際。


 ユウは朝の光を浴びながら、思案していた。


(あの影紋は、ただの紋章ではない。ある種の“暗号”のように機能している)


 手元の資料とにらめっこしつつ、机の引き出しから一枚の古文書を取り出す。


 それは後宮の古い系譜と、密かに伝わる“影紋”の解読法を記した文書だった。


(影紋とは、血筋や派閥を示すだけでなく、禁じられた薬物や処方の秘密を伝える符号でもある)


 ユウは眉を寄せながら、文書の記述を声に出した。


「竜胆の根を、特定の調合と共に用いる者は、“竜胆の影紋”を継ぐとされ……」


 その言葉に、ふと気づく。


(もしや、この一連の毒殺は、家系争いの具として、後宮の闇を利用した“薬による政変”……)



 その日の午後、ユウは密かに宮廷医官のひとり、りくと接触した。


 「陸殿、後宮の陰謀は薬草の毒性を超え、血統と派閥の争いへと深まっています」


 陸は冷静に頷き、机の上の資料に視線を落とす。


「ユウ殿、あの影紋は一族の象徴であり、秘薬の調合を意味する印。毒を操るには、家の技術と密かな知識が必要なのだ」


 ユウは真剣な面持ちで言葉を続ける。


「だからこそ、竜胆の抽出法を秘密にして、狙われた役人の死は単なる事故ではなく、家同士の“実験台”だった可能性が高い」


 陸はふとため息をついた。


「このままでは、後宮全体が炎上する。だが、証拠を掴めなければ、権力者たちの罠にかかるのは我々だ」



 夜が更け、ユウは独り、診療院の灯りの下で思った。


(全ての糸は、“影紋”と家系争いに繋がっている)


(だが、その背後にいる真の黒幕はまだ見えない)


 手の中の古文書をぎゅっと握りしめ、ユウは誓った。


「必ず、真実を暴く……誰も傷つけさせはしない」


 窓の外、満月が煌々と輝いていた。

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