第27話:閉ざされた部屋の声
院の静けさは、いっそう深まった。
私は診療室の片隅に座り、窓の外を見つめていた。窓の向こう、風に揺れる樹々のざわめきが、なぜか遠く感じられる。
彼女の胸は重く、けれど思考は研ぎ澄まされていた。
「あの部屋の者たちの証言が必要だ」
声をかけたのは、ナギだった。彼女は数枚の紙片を手に、険しい表情で現れた。
「ここに、あの僧侶の部屋に出入りしていた者たちの名簿がある。侍女から側近、医官まで。全員に話を聞く必要がある」
私は頷きながら、心の中で整理した。
「でも、彼らは口を固く閉ざしているはずだ。何か、恐れている」
「ええ。噂では、あの部屋には“禁忌”があると言われているらしい。誰も近寄りたがらない」
「何があったのか、正確に知る必要がある」
二人は診療院の隅々まで足を運び、ひとり、またひとりと話を聞いた。最初は皆、戸惑いと恐怖から口を閉ざしていたが、私の誠実な態度が徐々に心を解かせていく。
やがて、口を開いたのは、一人の若い侍女だった。
「……あの部屋で、何度か異様な香りを感じました。煙ではなく、甘くて、そして苦い……まるで、薬草を燃やしたような匂い」
「その匂いは、いつ頃?」
「夜遅く、御女が寝静まったあとです。誰かがこっそりと薬を扱っているようでした」
私の眉がぴくりと動いた。
「その“誰か”は、どんな人物でしたか?」
「姿は見えません。でも、何かを隠している気配がありました」
ナギがそっと言った。
「それと、もうひとつ気になる話があります。御女の傍らには、必ず“黒い箱”があったそうです。中身は誰も知らず、誰も触れられなかったと」
私はその情報を胸に刻みながら、深く息をついた。
「この“黒い箱”……鍵を握っているのは間違いない」
そのとき、外から風が吹き込み、診療室の扉が軋んだ。
私は振り返り、窓際に置かれた小瓶を手に取った。
それは、かつて老僧が持っていたものと似ている。
ラベルは擦り切れ、何が入っているかはわからない。
だが、その液体の色は、夜の闇のように深く、見る者の心を惑わす。
「誰かが、この薬を利用して何かを隠そうとしている……」
私は決意したのだった。
「私たちは、この院の中で“静かな戦い”を始める必要がある」
ナギも覚悟を決めたように頷いた。
「毒か、薬か、それとも“魔”か。真実は、いつも闇の中にある」
風がまた吹き抜ける。
その風に乗って、まだ誰も知らない真実が、ゆっくりと動き始めていた。
2話更新が終わったので、一度完結済みにしておきます。
明日以降執筆が終わり次第、再開します。




