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第23話:羽根飾りの裏側

 火灯の揺らめきが、室内にしっとりとした影を落としていた。


 静かに机に向かっていた李綺りきは、ひとつ息を吐くと、目の前の羽根飾りを手に取った。あの男娼・銀燕の遺品――その最後の品とされるものだ。


 羽根飾りは華美な装飾こそ控えめだが、繊細に整えられた銀糸が、ひときわ目を引く。見ようによってはただの見栄えの良い髪飾り。しかし、その縫い目に、李綺はすでに“不自然”を感じていた。


(飾り紐の縫い合わせ――ほんの一ヶ所だけ、意図的にずれている。糸を通した者の手癖ではなく、強い“意志”が込められている縫い方……)


 それが何を意味するのか。李綺は、決して軽くは口にできぬ予感を胸に、文献を開いていた。


 ――人は、言葉を奪われたとき、何に真実を託すか。


 衣服の柄。香の香り。舞の所作。あるいは――縫い目の一針。


「銀燕……あんた、本当に何を遺したかったの……?」


 独りごちた声は、自分でも驚くほど弱々しかった。


 宮中に入ってからというもの、李綺はあまりに多くの“真実に近づきすぎた”。その代償は、時に命で支払われる。けれど、それでも引き返せない。


 もう何人も、“毒”によって命を落とし、あるいは消された。そしてその陰には、誰かが誰かを“支配するために使う毒”があった。知識を奪い、口を封じ、存在ごと消す毒。


 そこに、あの男娼の死はどこまで関わっているのか。


 李綺は、羽根飾りを裏返した。銀糸の縫い目が、一列だけ、ほんのわずかに交差していた。


(この刺し方……“封じ文”の意匠に近い。もしかして……)


 李綺は手を止め、机の下から綴りを取り出す。民間で密かに用いられる“縫い文”――つまり、言葉を刺繍の形に変えて伝える文化。中でも遊女や男娼の世界では、顧客や仲間に秘密の合図を送る手段として知られていた。


(もしこの羽根飾りが“縫い文”なら……)


 李綺は、灯りを傾け、刺繍の一本一本を目で追っていく。そして――ふと、言葉の断片が見えた。


 《ひだりのみみ ゆびさき みることなかれ》


 ――左の耳、指先、見ることなかれ。


 ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。


 それは、ただの警告ではなかった。“見ることなかれ”という表現は、古い祭祀の言葉だ。封じられた存在、あるいは“口を利いてはならぬ死者”を指すときに使われる。


(左の耳……指先……)


 何かが、今にも組み上がろうとしている。


 銀燕の遺体には、左耳に耳飾りがなかった。遺品の中にも、片方の耳飾りは見当たらない。そして指先――葬儀の折、遺体を見た者が「指先が妙に白かった」と呟いていたことを、李綺は思い出した。


「毒か……あるいは、薬漬け……いや、“誰かの印”か?」


 薬を通じて、あるいは細工を通じて“従わせる”技術が、宮中の中でも用いられているとしたら――?


 そして、銀燕はそれに巻き込まれた、ただの“駒”ではなかったのではないか。


 李綺の思考が加速する。


(耳飾り。指先。そして、この羽根飾り……)


 これはただの遺品ではない。確かな“証言”だ。


 彼は生きていたとき、誰かに“所有”されていた。そしてその存在から、必死に逃れようとしていた――言葉すら発せられぬまま。


「……証言が、残っていたのね。誰かの意志を暴くための、静かな叫びが」


 李綺の指が、羽根飾りをそっとなぞった。


 この遺品をもってしても、決定的な証拠にはならないかもしれない。だが、少なくとも「沈黙していた誰かの声」を届けるためには、十分すぎる材料だった。


 灯火が、ふっと揺れた。まるで、それを肯定するように。


 李綺は決意を固めた。


 この羽根飾りを、“ある人物”のもとへ持ち込もうと。


 銀燕が恐れていた何者か――その影に、ひとつ、針を突き立てるために。

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