エピローグ
「くるみー、お財布持ったー?」
ママが冗談交じりに聞いてきた。そんなの忘れるわけないじゃん。
「全部持ったよ。邪魔だったから、ママへの愛情だけ、置いていくね」
私は軽口には軽口で返すことにした。
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
上機嫌になるママ。残念ながら、軽口は通用しなかったようだ。
「じゃあ、気を付けて行ってきなさい」
「ごめんなくるみ、一泊くらいできたらよかったんだけど」
新底悲しそうな顔をするパパ。
「いいよそんなの。私一人暮らしぐらい余裕でできるから」
「いや、心配はしてないんだ。パパはくるみがいないのが寂しいよ、明日からどうしようかって……」
……はいはい、そうですか。私の心配じゃないのね。
「くるみはしっかりしてるから大丈夫だと思うけど、何事も油断しないようにね」
「分かってるって、じゃ、もう行くよ」
私は鞄を背負い、軽く手を振った。
「あ、くるみさーん」
遠くから私を呼ぶ声がする。そっちを見ると、早苗の母親が手を振っていた。
「あら、篠崎さん」
ママが玄関から顔を覗かせる。
外は少しだけ肌寒く感じた。もうすぐ春が来るっていうのに、とんだ寝坊すけだ。
母親同士の挨拶が一通り終わると、早苗の母親は私に紙袋を渡してきた。
「ごめんなさいね。荷物になるかと思ったんだけど、どうしても渡しておきたくて」
「え、そんな、わざわざありがとうございます!」
私は餞別の入った紙袋をもらい受け、礼もそこそこにそのまま出発した。
大体の手荷物はすでに送った後だ。手持ちは早苗の母親が想像するよりも大分軽いものだった。
携帯の二次元コードを読み取らせて、搭乗口を通過する。志望していた大学に見事合格した私は、この春、上京して一人暮らしを開始することになった。初めて一人で乗る飛行機の中で、新生活への期待に胸を躍らせる。シートにもたれかかり、文庫本を開く。
栞にした一枚の手紙。私はそれをおでこにくっつけて心の中で言った。
さなちゃん、私、頑張るね。
文庫本を閉じて鞄にしまうと、今朝早苗の母親からもらった紙袋の中身が気になった。
航空機内への持ち込みができたから、変なものじゃないと思うけど。私は膝の上に紙袋を乗せて中身を見た。
それは、一冊の本だった。
紙袋から取り出し、表紙を見る。日記だ。
私は不思議に感じながらも、中から出てきたもう一枚の封筒を持ち上げる。中には、一通の直筆の手紙があった。
『くるみさん、進学おめでとう。早苗の分まで生きてくれてありがとう。私はくるみさんの笑顔に早苗を思い出すことができて嬉しいです。まだまだ寒いですから、新天地でもお体を崩さないようご自愛ください』
私はその下に続く文章に目線を移す。
『これは最近見つけた早苗の日記ですが、少し変なのでくるみさんにも目を通してもらいたいです。何か気づいたことや心当たりがあれば、ご連絡下さい』
私は早苗の母親が書いたであろう文章を二度読んで、眉をひそめた。早苗がつけていたという日記。その内容に、おかしな点でもあったのだろうか。日記を持ち直し、表面に触れる。なんの変哲もない少し値段が高めの日記帳。文房具屋に置いてあるやつじゃなくて、雑貨屋さんとかに置いてある、おしゃれな感じの。
早苗、こんなのつけてたんだ。
小学生の時のだろうか、早苗にしては少しやつれた字で名前が書いてあった。
母親がいっているような、変なことってなんだろう。もしかして、私のことかな?
だったらさすがの私も、動揺しちゃうかも。私は胸を高鳴らせて表紙をめくってみる。
『五月二日
いつ戻ってきたか分かるように、日記を書く。私はもう後悔しない』
『五月三日
変化なし』
『五月四日
変化なし』
疑問符が頭にのぼる。顎に手をあてた。
……確かに、変だ。
日記というより、報告書のような体裁。ほんとに早苗が書いたのだろうか。表紙の筆跡から、ちょっと字が綺麗になっている。"変化なし"の日付が多いので、そこ読み飛ばし、文字量の多い箇所を探す。
『六月二十二日
戻ってきた。三回目。日付は二月二十五日。空き巣だった。悔しい』
……どういう意味だろう。私は前後をもう一度確認してみる。だが、この文章について他に言及された箇所はない。
なにがなんだか意味が分からなかった。
私はさらにページをめくる。
『二月四日
眼鏡を隠される。彩奈と美歩の性格は少し変わった。私と仲良くならなかったせいかも』
『二月二十五日
警察を呼んで空き巣の侵入を防ぐ。父親にも警告済み。この頃のくるみは相変わらず可愛かった』
飛行機はすでに高度を上げていて、耳がくぐもったようになる。もう春だというのに、肌寒い風。気が付けば、機内の揺れだと思っていた震えは、自分のものだった。
何度読み返しても、文章が変わることはない。それなのに、書いてあることの意味が分からなかった。
これは、なんなの……早苗は、何を書いているの……?
『三月五日
戻ってきた。四回目。日付は十月十六日。山井。高校のクラスメイトには事情を聞き取り済み。絶対にくるみを助ける』
『三月十八日
くるみが家にくる。私を心配してくれたみたい。彼女が変わらないよう。戻ってくることを約束する。もうこれ以上、くるみを殺させはしない』
……私が、殺される?
「大丈夫ですか!?」
突然の声に驚いて、思わず顔を上げた。添乗員が気遣わしげに私を見下ろす。脂汗が脇の下に溜まり、息を荒げていた私。
「あ、あ……ええ、だ、大丈夫です……」
呼吸を整えながら、袖で顔を覆う。日記の内容をもう一度頭の中に思い浮かべて、書かれた部分を何度も読み直す。
これ以上私を殺させないってどういうこと……?
気がかりなことはいくつもあった。早苗はどうして小学校の時に目立つことをやめたのか。どうして高校のあの中途半端な時に戻ってきたのか。どうして山井に襲われた時、ちょうどよく放送が鳴ったり警報が鳴ったりしたのか。
彼女との記憶を辿る。早苗が呟いたあの日のことが、蘇えってきた。
早苗はあの日、間違えたんじゃない。
二つ存在したんだ。
私と合った日と、会ってない日。
『三月二十四日
先週手紙を一緒に書いたからか、今回の卒業式は会いに来てくれなかった。でもかまわない。私は絶対に戻ってきてみせる。くるみが隣で笑ってくれるまで、何度も、何度でも』
これは日記じゃない。報告書でもない。
早苗、あなたは一体――。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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他にも作品がたくさんありますので、是非覗いてみて下さい!
では、次の作品でお会いしましょう。
ありがとうございました!!




