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第二章「涙の国」③



「はあ……、まったく、閣下ときたら何をお考えなのか」



 君主の間を出るとすぐ、イーシュは隠すことなくため息をついた。

 それから、じろりと足先から頭のてっぺんまで、レクスを値踏みするように見つめる。



「……貴方、何か特技はありますか?」


「特技、ですか?」


「見かけによらず力持ちだとか、料理が得意だとか、足が速いだとか……、そういった自分の長所ですよ。手先が細かい、でもいいですし、何か思い当たりますか?」



 うーん、とレクスは再び唸った。

 君主にきかれたときにも困ったが、本当に、そういったことに心当たりがなかった。

 ……何か一つ秀でているという自覚はない。

 故郷でアマテルの従者をしているときにも、そういうことを思ったことはなかった。

 人よりも不出来で、何でも頑張らないと一人前にこなせないという自覚ならば、あるのだが。



「……すみません」



 口をついで出たのは、そんな言葉だった。

 助けてもらった御恩は返さなければ、と思ったのは本心だが、具体的に何をしてあげようというところまでは考えていなかった。

 これでは、助けるどころか困らせている始末だ。

 アマテルの従者として頑張ってきたが、これでは拾われる前の小娘となんら変わらないのではないか。そんな気さえしてきた。



「いえ、謝る必要はありません。ただ、貴方がこれまで自分の長所に気付かない環境であったことに驚きはしますが」


「……」


「では、一つずつ試してみましょう」


「えっ!」



 てっきり、匙を投げられるのだと思っていたレクスは驚いて目を丸くした。

 試してみる、とそんなことを提案されたのは初めてだった。



「何が出来て、何が出来ないのか。わからないのなら一つずつ試すしかありません」


「いい、んですか?」


「いいもなにも、閣下のために『何か』したいのでしょう? 閣下はその申し出をどうあれ受けた。であれば、臣下として貴方をサポートするのは当然のこと」



 さて、何から始めましょうかね。

 そんなことを呟きながら、イーシュは懐から手帳を取り出した。

 思い当たる仕事を書き連ねているらしい。

 レクスは、胸がほっとあったまるのを感じていた。

 この暖かさを、どうにかしてあの君主だけではなく、目の前の彼にも、あの時レクスを宴に誘ってくれた兵士にも、いや、皆に返していきたいと思った。



「イーシュさん!」


「はい?」


「私っ、すっごく頑張ります! ご指導、よろしくお願いします!」


「……いいでしょう。私は厳しいですよ、ついてきてくださいね?」










 レクスはうなだれ、イーシュは頭を抱えていた。

 皿を表せればうっかり手を滑らせて割り、料理を作らせれば焦がし、それならば料理を運ばせるだけならとやらせてみたが、当然のようにひっくり返す。

 これはダメだと厨房から撤退した二人は、次に倉庫に向かい、整理を手伝おうとしたが、そもそも荷物が重たすぎて運べなかった。

 掃除、洗濯、事務仕事……考えられる限りのことを試したが、どれもこれもうっかり何かをしでかすのである。



「ここまでくるともう呪われているのではと思ってしまいますね……」


「うう……すみません……」



 レクスはしゅんとうなだれていた。

 いつもなら助言をくれるルイも、今は首元にいない。

 何やら君主と話があるらしい。


(イーシュさんだけじゃなくて、倉庫番の方、厨房の方、掃除の方にもご迷惑をかけてしまった……)


 後始末はやっておくから、と追い出されたレクスは、イーシュと共に城塞の中腹ほどにある廊下に佇んでいた。

 しかし、イーシュは違っていた。

 いえ、かまいませんよとレクスに切り返したのである。


「むしろ燃えてきました。『何もできない』存在などいませんからね、貴方にも何か得意なことがあるはずです。それを見つけて差し上げます」



 くい、とかけた眼鏡を光らせて、イーシュはどこか不気味に笑っていた。

 その光景がなんだか新鮮で、レクスはキョトンとした。



「……なんです?」


「いえ、なんていうか……イーシュさんは、怒らないんですね。私が何もできなくても、恩返しどころかご迷惑をこんなにおかけしてるのに……」


「どうして怒る必要が?」



 レクスの言葉に、今度はイーシュがキョトンとする番だった。

 本当にわからないようで、小首を傾げる始末だ。



「頑張っている者を怒るなど、僕には考えられません。何の得も意味もありませんし」


「そう……ですか」


「ふむ、貴方の故郷にはそういう方がいらしたんですね? まあ感情的になる者たちはここにもたくさんいますが……、厨房の者も倉庫の者も、貴方に『怒って』はいないと思いますよ」



 差し込んだ日が、オレンジ色に二人を照らす。

 レクスは眩しさに目を細めた。

 いつの間にか、夕暮れになっていたらしかった。

 どこからか香しい肉の焼ける匂いが漂ってくる。



「ひとまず、今日はこの辺りにしましょう。今宵は宴ですしね」


「私、本当に出席して構わないんですか? まだここにきたばかりなのに」


「ええ。閣下がよいといったらよいのです。まだ時間が少しありますから、ご自分の部屋で休んでいられるとよいでしょう。今ご案内します」



 イーシュが歩き始めたので、レクスもその背をついていく。

 ふと、聞こえてきた賑やかな声に窓へ視線を移した。


(町がみえる……)


 眼下に広がる町は、オレンジ色に包まれている。

 様々な姿形の子供たちが家路につくためだろうか、駆けていく。


(……あの転んだ男の子は、お家に帰れただろうか?)


 海の民の町からは逃げるように立ち去ってしまったから、あの後、町がどうなったのかはレクスにはわからない。

 気にはなるが、あんな騒ぎを起こした身であの町にもう一度立ち寄るのは気が引けた。


(帰路はどうしよう。あの町以外からも、船は出ているのかな)


 ぎゅ、と下げた鞄のベルトを握る。

 そも、レクスはここにはアマテルに使命を授けられてきた。

 それを忘れてはいない。恩返しがしたいのは嘘ではないが、使命を果たすという意味でも、この国に滞在することには意味があった。


(……ダメだ、なんだか……どんどん悪いことを考えちゃう)


 使命が果たせたならば戻っておいでと言われた記憶はないなとか。

 果たした後どうすればいいのか聞かなかったなとか。

 もしかして、厄介払いされただけなのでは、とか。


(アマテルさまの従者だって、立派には努められていなかったもんな……)


 日々の仕事といえば、簡単な雑用ばかりだったなと思い返す。

 どこかへ書類を持っていくとか、誰かを送り届けるとか、何かを買ってくるとか。

 そういうことがないときは、アマテルの護衛がレクスの仕事だった。

 もちろん、レクスの他にもたくさん従者はいたが。



「あー! 疲れたー! 今日のめしは豪華らしいぞ、楽しみだなー!」


「あの新入りちゃんもくるんだってな!」


「どこから来たんだろーな? 海の向こうから誰かがくるなんて、初めてだよな」



 びく、とレクスは思わず肩を震わせた。

 声の主を探して視線を彷徨わせると、町の手前、城塞の下部の廊下に、若い兵士たちがじゃれあいながら歩いていくのが見えた。

 彼らは楽しそうに笑いながら歩いている。



「大勢相手に一人で立ちまわっていたらしーじゃん。強いのかな? 手合わせとかしてくれたりしないかなあ」


「それ俺も気になってた。なんか今日はいろんなことに挑戦してたらしいぜ」


「じゃあ、そのうちこっちの訓練棟にもくるかな? 楽しみだな~」



 聞こえてきたそんな会話に、レクスは思わず足を止めた。

 イーシュの耳にも聞こえたのか、彼は「はあ」と大きくため息をついてレクスの方を振り返った。



「騒がしくてすみません。……気にしなくていいですからね、貴方は一応レディですから、負担なく危険もないお仕事を──」


「いえ、その……イーシュさん。私、得意なこと、思い出したかもしれません」

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