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第一章「海の民の町」④




 スロウスは、エルの兵士一人に抱えられて富の国に帰ると一目散に王の間へ飛び込んだ。

 あまりに突然のことに、傍で控えていた兵士たちは彼を止める暇もなかった。



「グラットニー王!」



 彼がそう叫ぶと、王はびっくりしたように目を丸くした。



「何事だ、スロウス。騒々しい」


「今しがた海の民どもの町に寄ったのですが、そこで妙な娘に襲われまして!」


「妙な娘?」



 王は怪訝な顔をして首を傾げた。



「よもやと思うが、お前、その程度のことでこんな……」


「蛇を首に巻いた娘です。それに、妙な刀を持っていて、凄まじく強いのです! あれは、魔女に違いありません!」



 王の間にスロウスの言葉が響き渡ると、どっとどよめきが広がった。

 兵士たちがざわざわと騒ぎ出し、侍女たちは少し足を止めてスロウスを見た。



「……よもや、予言が本当に?」



 グラットニー王は青ざめた。

 この富の国にいる高名な占い師、ソティスが死んだのはつい先日のことだ。

 彼女の予言でこの国は発展し、女神エルと友好関係を結ぶこととなった。

 そうしてソティスが最後に予言したのは、まさしく『魔女』に関することだった。



「──『海の果てより、魔女がくる。魔女がきて、この国を焼く。異形の者たちと共に、彼女は天を穿つだろう』──」



 そう呟いたのは侍女の一人だった。

 彼女は周囲の視線を釘付けにしたことに、すぐに気づいて口をハッと抑えた。

 グラットニー王は、ゆっくりと王座に座りなおした。



「スロウス」



 そうして、男の名を呼んだ。

 ははっとスロウスは頭を垂れた。 



「ソティスの後継者を探せ。それに予言をさせるのだ」


「予言を、ですか?」


「魔女の行動を知れば、先回りし捕獲することも、処すことも可能だろう。女神エルにもこれを伝え、我々へ力を貸すように願う他ない」


「かしこまりました」



 スロウスは、すぐに踵を返して王の間から走り去っていった。

 彼には心当たりがあった。

 占い師であるソティスは、何人も弟子をとっているときいたことがあった。

 城へ姿を見せたことはないが、民衆へ知らせを出せばすぐに見つかることだろう。



「ノットンを呼べ」



 彼は控えていた兵士の一人に告げた。



「ノットン・バイヤーズですか? しかし、あの男は……」



 兵士が聞き直したのは無理もなかった。

 その男がいるのは牢獄だ。

 この城の地下にそびえる、罪人たちの住処だ。

 彼は盗賊団の長で、一か月ほど前にエルの兵士らに捕まったばかりの男だった。



「国の一大事だ。夜盗だろうが盗賊だろうが、使う他あるまい」


「釈放する、と?」


「無論、事が無事終われば始末する」


「……かしこまりました」



 会釈すると、兵士はパタパタと駆けて行った。

 スロウスはニタリと口角をあげる。

 廊下の窓から、少し曇り始めた空が見えていた。








***








 彼の元に兵士がきたのは、正午過ぎのことだった。

 耳に煩わしい鎖の音に腹を立てながら顔をあげる。



「それ、引き受けなかったらどうなるってんだ?」



 厭らしく笑って、彼はそう切り返した。

 たった今持ちかけられた取引に不満はない。

 むしろ不満がなさすぎて怪しいとすら思った。



「盗賊風情が、なめた口をきくな!」



 ガシャン! と牢屋が鳴る。

 兵士が蹴り飛ばしたのだ。

 それを煩わしそうにしながら、彼は顔をしかめた。

 兵士の後ろから、こつ、こつ、と彼をまさに牢屋に放り込んだ男が歩いてくる。



「……スロウス……!」



 彼はその男を激しく睨みつけた。



「おや、怖い怖い。そんな目をされては、ここから出すのにも首輪をつけなければならないな」



 わざとらしくおどけてみせる男に、彼は舌打ちした。

 このくえない男の首を、今すぐにでも食いちぎってやりたかった。



「お前にとっても悪い話ではあるまい。ここから大手を振って出れるし、金も手に入る。そのうえ、部下たちも釈放される」


「……………」


「小娘一人捕縛すればいいのだ。自信がないわけじゃあるまい」



 男は、ふんと鼻を鳴らした。

 その大きな声に反応したのは、他の牢に放り込まれた部下たちだった。



「お頭! やりましょ! ここから出られるんですよ!」


「そうだぜお頭! 小娘一人、なんてことねえ!」



 彼らは口々に牢屋の中から言葉を放った。

 その多くは目の前の小太りの男を肯定する言葉だった。

 胸糞悪い、と彼は思った。

 こんな男に与するくらいならば、死んだほうがましだ。

 だが、部下まで道ずれにする気は起きなかった。

 ややしばらく黙ったあと、彼は小さく頷いた。



「ふん、最初からそうやってしおらしく従っていればいいのだ」



 その反応に満足したように、男はまた上へと上がっていった。

 兵士たちが牢屋のドアに手をかける。

 大勢が槍の先を向ける中、鍵が開き、ドアが開く。

 目の前に広がる自由をすさまじい目つきで、彼は睨みつけた。



「……ノットン・バイヤーズ。条件付きではあるが、お前を釈放する。もし少しでも反逆すれば、その首は即座に切り落とすぞ!」



 じろり、と彼、ノットンは傍らの兵士を睨みつけた。



「うるせえよ」


「ひっ!」



 兵士らがじり、と退いた。

 ノットンから発せられる威圧感に、今にも押しつぶされそうだった。


(今に見てろ。目にものをみせてやる)


 彼は、その鎖でぐるぐる巻きにされた拳を牢屋にたたきつけた。

 轟音にも似た音が、牢獄の中を支配した。




 

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