表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

噂をすると、寄ってくる気がする

作者: 鯖野つばさ

 この話は、教師である友人Aちゃんから聞いた、とある学校での噂話です。


 私とAちゃんは、高校の同級生です。社会人になってからは住む地域は離れましたが、頻繁に電話する仲です。彼女は小学校の先生で、よく学校でのことを話してくれます。

 

 7月末のことでした。その日も、私たちはゲームをしながら通話していました。缶チューハイをお供にゲームしながら、近況を駄弁るのが私たちの金夜の過ごし方です。

 彼女はもう学校が夏休みに入ったらしく、思い出を振り返って色々話をしてくれていました。


「この前、音楽室で雨漏りしたんだよ」

「あぁ、年季の入った小学校なんだっけ」

「そう。床がいかにも古そうな木製で、歩くたびギィギィ鳴るの。トイレは和式だし、雨漏りはすごいし、歴史あるなってかんじ」


 やっていたゲームがホラーゲームだったからでしょうか。あっ、と何か思い出したかのように、彼女は突然話題を変えました。


「そういえばさ、ちょっと聞いてよ。うちの学校で、ここ最近怖い噂が色々出回っててね……」 

「待って待って。やだよ、聞かない。私怖いの苦手だもん」

「ホラゲーやっておいて今更……」

「だって現役教師が話す学校の怪談でしょ。ゲームと違ってリアルじゃん。今晩寝れなくなるよ」

「……あらやだ。人が怖がるともっと怖がらせたくなっちゃう」


 彼女は昔からこういうところがありました。ちょっとSっ気があるというか。悪戯っ子気質というか。

 声しか聞こえませんが、私がビビっている様子をニコニコ笑って楽しんでいるのが容易に想像できました。

 そして彼女は構わず話し始め、なんだかんだと私も仕方なく聞くのでした――。


  

【先輩のN先生の話】


 この小学校には2つ校舎がある。

 1号館は全学年の教室がある校舎だ。もう一つに比べるとまだ綺麗な方で、校庭に面しているからか日当りも良い。

 2号館は音楽室や理科室といった別教室がある。だから普段2号館に人は少ないし、どこか薄暗い雰囲気があった。


 私は音楽の先生で、担任ではない。全学年の音楽の授業を受け持っているのだ。私はいつも2号館の音楽室で、ここにくる子どもたちを待っている。

 だから2号館は慣れたものだし、薄暗い雰囲気はあるけど別に怖いと思ったことはなかった。


 けれど、子どもたちは違うらしい。人気がなく薄暗い2号館は気味悪いと言っているのをよく聞く。

 でもよく考えてほしい。そんなことを言われたら、私は一日の大半をそこで過ごしているのに……ちょこっと不安になってしまう。


 私が職員室でそんなことを先輩のN先生に話すと、先輩は「小学生らしくて微笑ましいじゃないか」と笑った。


「たしかに。小学生のときって、嘘っぽくても学校の怪談とか好きですよね」

「流行る時期あるよなぁ」


 そんな話をしていると、近くのデスクからY先生が話に加わってきた。


「でもN先生、霊感あるんでしたよね。ぶっちゃけ、2号館ってどうなんすか〜?」

「え、N先生霊感あるんですか!」


 N先生は苦笑いをして少し考える素振りを見せた。


「うーん。まぁ、少しだけ」

「どうしよう聞きたくないです」


 霊感がある人に、幽霊いるよ、なんて言われたら私は明日からどう働けばいいのか。

 そんな怯えを悟ったのか、N先生は両手を横に振って気にするなというような素振りをしながら……とんでもないことを言った。


「そんな心配しなくても大丈夫だよ! 2号館から出られなさそうだし、悪さしたとこ見たことないから!」

「……」


 なんのフォローにもなっていない。それどころか、その言い方の方が怖い。優しい笑みのN先生と愕然とする私を前に、Y先生だけ爆笑していた。


『2号館にはナニカいる』

 


【子どもの噂】


 学校の階段の踊り場には、大きな鏡がある。校舎のどの踊り場にも、全てに鏡がある。踊り場の鏡自体は別に珍しいものではない。これは出会い頭の衝突を防ぐためにあるもので、他の学校でもよく見かける普通の光景だ。

 

 けれど、2号館の西階段の2階と3階の間にある踊り場にだけ、"鏡がない"。


「たしかに、あそこだけないね」

「元々あったけど、取り外されたんだって」

 

 この噂を教えてくれたのは、怖い話が好きな6年生の女の子。よくこうやって怖い話を教えてくれる。


「先生、なんでそこの鏡だけ外されたのか分かる?」

「全然わからないなぁ」

「えー、有名な噂なのにー」 


 知らないなんてあり得ない、と言いつつ、正解を言いたくてうずうずしている。それが微笑ましくて、教えてと続きを促した。

 彼女は目一杯怖がらせようとしているのか、声のトーンを落としてお化けのポーズをした。


「あの鏡にだけ映ってしまうんだって。

 ――幽霊が」


 そこに幽霊がいるから、いつもその鏡にだけ映る。あまりに目撃されることが多く、子どもが怖がり、学校側へ苦情が殺到したために、鏡を撤去するという方法をとったらしい。

 あくまで噂。実際のことかは分からない。


 もしこの話が本当だとして、鏡が無くなって見えなくなっただろうが、根本の解決はしてない気がする。だって、幽霊はまだそこに。

 ……その話を聞いてから、私はその踊り場は通らないようにしている。


『2号館の外された鏡』



【実習生の話】


 教育実習生がやってきた。実習生さんは色んな先生の授業を見に行っていることもあり、私も少なからず彼女と関わる機会があった。


 彼女はとても勉強熱心だった。放課後は定時で帰って良いのだけれど、彼女は夢中で授業の練習をしていて、帰る頃には日が暮れているということもよくあった。

 彼女が授業の練習に使っていた教室は、2号館の空き教室。だから私は、放課後1号館の職員室に戻る前に、その教室を覗いて声をかけるようにしていた。


 その日は音楽室での仕事が長引き、気づくと外は真っ暗になっていた。


「実習生さん、まだいるかな」


 根を詰めすぎても良くない。まだ空き教室に居たら、声をかけよう。そう思い、真っ暗な廊下の電気を付け、教室へ向かった。

 教室からは灯りが漏れていて、やっぱりまだいた……と半分感心、半分心配になりながら歩く。すると突然、教室から実習生さんが飛び出してきた。


「っA先生!!」

「うわっ、びっくりした。どうしたの」

「さ、さっき、ととと、トイレ」


 彼女はトイレを指差す。2号館のトイレはほぼ和式で、一つだけある洋式は冬冷たいし、ジメジメしているし、日当たりが悪くて電気を消すと真っ暗。不便だ。

 ただ、ちょっとハイテクなとこもあって――


「誰もいないのにっ、トイレの電気が勝手について、水が流れる音がしたんです!」

「それは……怖かったね」


 よほど怖かったらしい。しかし半泣きの彼女には悪いが、少し笑ってしまいそうになった。私はその現象に心当たりがあったからだ。


「大丈夫。ここのトイレって、夜に洗浄のために自動で流れる仕組みになってるらしいよ」

「え」

「しかも、電気が人感センサーになってるから、虫とかに反応して勝手に付くことがあるんだって。タイミングが合っちゃったのかも」

「な、なるほど……はぁ、よかったあ」


 彼女は安心したように息を吐いた。

 私も以前ここのトイレで同じようなことがあり、びっくりしてN先生に教えてもらったことがあった。N先生の前で半泣きしたのは今でも恥ずかしい思い出だ。なぜそんなところだけハイテクにしているのか……。


「……それに、仮に幽霊だとしてもさ。ちゃんと電気付けて、用を足してから水流すって。律儀な幽霊で面白くない?」


 私の言葉に、彼女はやっと笑ってくれた。


『無人で点灯し流れるトイレ』解決



【子どもの噂②】


 実習生さんのことは解決したものの、彼女は子どもたちにあのトイレでの出来事を話したらしい。

 それに尾鰭が付き、人から人へ話が変化して伝わっていき、トンチンカンな噂が流れ始めた。


 曖昧な記憶でも、勝手に自分で補完して、それを真実だと思い込み、人に伝える。よくあることだ。


 そうして出来上がった噂を、また例の怖い話好きな6年生の女の子が教えに来てくれた。


「最近この学校バズってる怖い話教えたげる」

「怖いバズだ。……うん、教えて」

「皆知ってる、トイレ前の幽霊の話なんだけど」


 私も1号館から離れた場所にいるものの、あの実習生の話が変な形で出回っていることはなんとなく知っていた。


「放課後、2号館の真っ暗な廊下を一人で歩いていると、トイレの前に幽霊が現れるんだって!」

「あら、それは怖すぎる」


 トイレの自動洗浄が、影も形も無くなっている……

 

「しかも、背中を向けて逃げたら後ろから追いかけてくるんだよ」

「クマみたいだね」

「もうっ、茶化さないで! 5年の男の子が、それで1号館まで追いかけられたんだってよ!」

「ええ?」

 

 幽霊が出る、までならまだしも。1号館まで追いかけられた子の話が加わっていた。それは私も初耳だった。


「それで幽霊が、2号館から1号館に来ちゃったらしくて……今では1号館でも幽霊がでるんだって」


 面白みのない事実は流行らない。逆に刺激的な嘘は勢い良く人々に伝わっていく。私は学校という場所でそれを何度も見てきた。きっと今回もそういうことだろうと、内心苦笑いした。


『追いかける噂』



【子どもたちの証言】


 私が休み時間に職員室にいると、複数人の子どもが何やら慌てた様子で職員室に来た。


「先生ー! 誰でもいいから!」


 学年はバラバラで、高学年もいれば、低学年もいる。何のまとまりもないメンバーだ。

 職員室にいたY先生が、その子達の対応をしてくれた。私は何事かと、聞き耳だけ立てていた。


「どーした。緊急事態か?」

「なんか、皆がお化けいるって言ってて」


 低学年の女の子が泣きそうになりながらそんなことを言った。Y先生が話が掴めずに困っていると、高学年の子たちが話を付け加える。


「今1号館と2号館の間の渡り廊下に人が集まってるんです。そこに、幽霊がいるって。……私には見えなかったんですけど、皆が見えるって、そこにいるって」

「人が集まり過ぎてて、皆興奮してるっていうか、ちょっとしたパニック状態になってて」

「あー……わかった。ちょっと見に行くわ」


 話を聞いてもよくわからないが、人が集まっていて興奮状態というのは危なそうだ。何かあってはいけないと、私も席を立った。


「私も行きます」


 私とY先生が渡り廊下に着くと、渡り廊下の中央避けて取り巻くようにして、人だかりができていた。


「あ、先生たち来た」

「先生! 見て、ここにナニカいるんだよ!」

「ナニカいる!」


 子どもたちは人だかりの中央の、何も無い空間を指差して、ナニカいると言う。

 そこには何も無いのに。

 私はY先生の方を見たが、彼も困ったように首を横に振った。


「何もいないっすよね」

「そうよね……」


 とはいえ、よく事態が分からず怖がっている子どももいる。このまま放置も良くないだろう。


「んー? 先生にはなーんにも見えないなぁ。ほら、怖がってる子もいるだろー。こんな狭い渡り廊下に集まってたら人も通れないし……さっ、もう遊びに行ってきな。チャイム鳴るぞー」

 

 Y先生がそう言うと、活発な子たちは「確かにドッジの時間なくなる!」と走っていった。そうすると他の子達もゾロゾロとその場を離れ始める。

 そうすると、離れたところから見ていた子どもたちがおそるおそる話しかけてきた。


「せんせ、せんせ。ぼくには何も見えなかったのに。皆何が見えてたんだろう」

「……うーん。先生にも見えないからなぁ。なんだろうね」


 何も分からない子は、本当になぜ集まっているのか分からないらしい。

 ――やがて人が離れていき、最後まで残っていた数人を手招きして、話を聞いてみることにした。


「あの人だかりは何だったの?」


 すると、その子たちも難しい顔で考えて、もじもじとしてから、ゆっくり口を開いた。

 

「先生たちには見えないの? ナニカいるから、僕たち気になって、近くで見てたんだ」

「そしたらだんだん人が集まって、ここにナニカいるよね、なんだろうねって話してて」

「そのナニカを見るために皆集まってきたかんじ」


 その子達のはチラッと渡り廊下を見た。


「ナニカって、何……?」

 

 ……まだそこに、いるのだろうか。私には何も見えないけれど。


「うーん、よく分からない。なんか、ぐちゃぐちゃのやつ」

「ほら、ゆっくり、こっちに向かってきてるでしょ」


『集団が見た   』 



【先生たちの話】


 例の一件以降は、特に何もなく。怪我人も体調不良者もいなかったので、日を追うごとにその一件のことは記憶の片隅に追いやられていた。

 というより、日々やらなければいけないことが多く、そのことを考えている暇がないほど忙しかったのだ。


 忙しさを乗り越え、子どもたちは無事に夏休みを迎えることができた。子どもが登校しなくても、教師の仕事は山ほどある。とはいえ比較的ゆったりと時間を過ごせてはいた。


 余裕ができたことで、私はやっと集団幻覚事件のことを思い出した。このような言い方をすると仰々しいが、分かりやすいのでそう言わせてもらう。

 私とY先生は、あの時のことを改めて話した。

 

「あれ、結局なんだったんだろう……」

「気味悪い出来事でしたね。ま、大半の子は『何も無い』なんて言えずに周りに合わせて『ナニカいる』って言ってただけかと思いますけどねぇ」

「あぁ、なるほど。それはありそう」


 そこそこの人数の子どもが関わっていたことだったので、多くの先生も後から知ることになった。後から詳細を聞かれることもあったが、私もY先生も上手く説明できなかった。


「もしマジモンだったら……あのとき現場に行ったのがN先生なら何か分かったかもしれないっすね」

「やっぱりそういう系の話になるのか」

「俺霊感ないですし、A先生も噂の2号館にずっといるのに何もないじゃないっすか。俺ら鈍感なんすよ、きっと」

「鈍感で良いよ。音楽室行くたびに何かあったらこの仕事できない……」


 それにそこまで怖い話得意ではないのだ。勘弁してほしい。

 

「まぁ俺達が行って良かったんじゃないすか。あんまり理解したくないし」

「N先生に聞いてみる? ほら、2号館の変な噂と何か関係あったりして」

「いーや、やめときましょ。深追いしたくないっすもん。噂は噂ですよ」


 その言葉に納得し、素直に同意した。事実を知っても得なことはないかもしれない。

 ……同意するものの、一つ、ずっと心の片隅で燻っていた『あること』ついて尋ねてみることにした。


「話は変わるんだけど、2号館のトイレってあんなにボロいのに、人感センサーとか自動洗浄とか付いてるんだよね?」

「えぇ? このボロ校舎にそんな便利なものあるわけないでしょう。聞いたことないっすよ」

「え」

 

『噂は噂』



【エピローグ】


 ――という話をAちゃんから聞いた私は、案の定その晩眠れませんでした。


 Aちゃんは、仕事に支障がでそうだからN先生の優しい嘘をのんで、他のことももう深く考えないとか何とか言っていたけれど……。私は変に色々考えてしまいました。


(本当にナニカがいたのだろうか。)

(最初2号館から出ないと言っていたのに、最後にそれは出てきていた。それはなぜだろう)


 ……そうして私は、とある可能性に辿り着いたのです。そして恐怖に支配されました。

 ただの妄想です。でも、もしこの妄想が本当だとすると、私がこうして考えている今も、ナニカが私の側に近づいているのではないか。

 

 だから今回、こうして文章にしました。気づいてしまった私は、助かりたかったんです。私にだけ噂が這い寄るのは恐ろしかった。


 ごめんなさい、ありありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ