剣闘奴隷が一戦交えるだけ
今年の三月くらいに書いて没にしたやつを少しだけ書き直しただけ。
目の前で散る火花。
真正面から浴びせられる殺気に身震いする。じわりと背筋を這うような濃密なそれは、幾ら浴びようと慣れることは無い。
幾度となく剣を切り結ぶが、相手の男にも此方にも決定打は無く双方小さな傷だけが増えていく。どっちもつかずの頓着状態は長く続いた。
剣で受け流し、時には攻める中、相手の行動により深く意識を傾ける。
次第に男は苛立ってきたのか、疲れてきたのか、剣筋が粗くなる。防御も粗末なものになった。動きも大振りになる。
男が大きく剣を振り上げた。ここで決めるつもりなのだろう。その隙を見逃さない。
──ここだ。
ずっと温存していた力を爆発させる。男が振り下ろした剣を勢い良く弾いた。男は目に見えて焦るが、もう遅い。
がら空きの胴に己の得物を喰い込ませる。更に力を加え、深く、深く潜らせる。
全ては一瞬、弾いてからここまで、時間にしてみれば僅か一秒にも満たない。
──勝った。
そう確信してから一拍遅れて吹き出る、己の鮮血。
──なぜ。
真っ赤な噴水を、己の命ごと吹き出す血を見て、一瞬思考が止まる。
目の前には、いつの間にか剣を振り上げた格好の男。男が持つ剣は、赤く染まっていた。
それから視線を下げ、ようやく己の胴体が袈裟斬りにされたことに気づいた。急に力が抜け、後ろに倒れる。
傷は深い。依然として勢いよく吹き出る血がなにより示している。しかし生暖かいそれを浴びて、何処か安心している自分が居ることに気づく。
勝利した男は、血が伝う剣を、一度下げてから、天に向けた。
その時、一切の音の無かった世界に、爆音が響いた。否、今まで極度の集中状態により、聴覚が機能していなかったのだ。
もう視界は霞んでしまってよく見えない。
だが決闘場はいつも通り──いや、いつも以上の賑わいを見せているのだろう。