プロローグ3
「なっ・・・!バカか!俺が殺したのは小型の!下級のドラゴン!あいつは中級のグリーンドラゴンだぞ!一人でどうにかできるやつなんて数えるくらいしかいねえよ!」
リッドが言い返してくる。
だが、この場で奴相手にどうにかできるのは、こいつしかいない。
周りを見れば、馬はもうドラゴンの胃袋の中。
他の客も何人か消えている。
残ったものたちは、恐怖で固まってるか、這いずりながら逃げようとしている。
「貴様しかどうにかできる奴がいないだろう!下級も中級も知らんが、奴を撃退でもできれば訓練学校とやらで自慢ができるんじゃねえのか!どうにかしてくれ!」
俺が懇願すると、リッドももう意を決するしかなかったようだ。
急に態度がデカくなったおかしな客と、体が半分になった客や腹に風穴が空いた客くらいしかいない今、自分くらいしかこの現状を打開できる者がいないと、少ない頭でもようやくわかったようだ。
「やってやる。くそお、やってやる・・・、下級も中級も一緒だ!」
リッドは立ち上がると、火球を放ちながらドラゴンへと肉薄していった。
人の頭ほどの火の玉が、リッドの手から一直線にドラゴンの体へと走っていく。
直撃すると大きな爆発とともにドラゴンの鱗を弾き飛ばした。
効いてはいるようだ。だが、命を奪えるほどの傷を負わせたわけではない。
ドラゴンは怒りを露わにし、衝撃そのもののような鳴き声を出した。
俺はその隙にまた這いずって逃げはじめた。
少しでいい、ほんの少し時間を稼いでくれ。どうにか隠れる場所を探してやる。
しかし、そう上手くはいかない。
逃げる俺を阻むかのように、何かが飛んできた。
石つぶてのように転がってきたのは、ボロボロになったリッドであった。
使えねえ。そう思って傷だらけのリッドを見ると、どうやらまだ息はあるようだった。
そして血を口から出しながら、恨めしそうに俺を睨む。
「おい・・・。指輪をしらねえか。俺の指輪だよ。テメエずっと近くにいたんだ。テメエがとったんじゃねえのかよ」
苦しそうに訴える。
俺は懐からゆっくりと懐から指輪を取り出した。
「やっぱりかよ。テメエがとったからこんなになっちまったんだ。早くよこせ。今なら許してやる」
リッドが言う。
しかし、俺は指輪を強く握りしめた。
「教えな」
「・・・は?」
「魔力を貯めておけるんだろ?使い方を教えろよ」
「くそ!頭おかしくなったのか!?馬鹿なこと言ってんじゃねえよ!あと少しなんだよ!」
リッドは怒鳴った。
しかし、俺は静かに脅迫する。
「お前はもう動けねえだろ」
「お前も足曲がってんじゃねえか!」
「ああ、だから俺に使い方を教えねえと、二人とも逃げれなくて死ぬな」
ドラゴンはもうすぐそこまで来ている。
リッドは絶望しながらも、仕方なく叫んだ。
「ああくそ。普通に魔法を使うのと一緒だ!指にはめてイメージするんだ!そしてイメージしたことをデカい声で叫ぶんだよ!!」
俺はすぐに左手の中指に指輪をはめた。
そしてイメージ。イメージ?普通に魔法を使うのと一緒?
叫ぶ?
ドラゴンの前脚が振り上げられたその瞬間、俺はドラゴンに向かって左の手のひらを向けて叫んだ。
「おお!!出ろぉおお!!!!」
しかし、何も起きなかった。
ドラゴンの前脚は、無情にもリッドに叩きつけられた。
「ば、かやろう・・・」
リッドは小さく呪詛を吐いてつぶれていった。
ドラゴンは俺を睨んでいた。
面倒な方を潰したからか、少しだけ落ち着いているようにも思えた。
いや、落ち着いているのはどうやら俺の方だった。
時間の流れみたいなものがゆっくりと流れているような感覚。ああ、何度か経験はある。
決まって死にかけてる時だ。
感覚が研ぎ澄まされたようになって、相手のことがよく見えるんだ。
リッドは短い時間だったが案外善戦していたようだ。ドラゴンの体表は思いのほか傷つき、血が流れているところもある。
指輪があれば、本当にもう少しってやつだったかもしれない。
だが、運が悪かったようだ。
そして、決まってこういうときはアニキの言葉が脳裏に浮かぶんだ。
それで、いつもどうにかなってたんだ。
「死ぬな」
口うるさく何度も何度も聞いた言葉。
アニキの言葉を思い出すと、不思議とカンが冴えるんだよな。
「イメージ・・・」
リッドは人の頭ほどの火の玉を出現させ、ドラゴンへ向けて放っていた。
なら、さらに巨大な炎の玉だ。
ドラゴンの鱗さえも弾き飛ばすほどのデカい炎の玉!
そして悪夢、あの火炎の渦をイメージするのは簡単だ!
全てを奪い去ったあの熱の塊を、ドラゴンにぶつける!!
俺は這いずりながら、ドラゴンに向けてもう一度手を延ばす。
「出ろよ!爆炎/ファイヤーボール!!!」
次の瞬間、指輪から今まで感じたことのない力が流れだすのを感じた。
熱か、はたまた力そのものが水のように溢れ、俺の左手の前に巨大な炎の塊を生み出した。
リッドの火の玉より数倍巨大で、どす黒い炎の塊は、矢のような速さでドラゴンの首へと直撃し、爆音と爆風を巻き起こした。
そしてドラゴンは聞いたこともないほど大きな鳴き声を上げ、後ずさった。
黒煙が上がり、そしてそれが薄れると、ドラゴンの首を大きくえぐっていた。
しかしいまだドラゴンは立っている。だがどうにも機嫌を損ねたようで、俺をずっと睨んでいた。
俺も睨み返す。
しばらくお互いににらみ合ったあと、流石にドラゴンも嫌になったのか、踵を返し羽ばたいてどこかに飛んで行った。
奇跡的に、俺は命を拾った。
体を起こして、左脚をかばいながら座った。
痛ぇ・・・。
苦痛に顔を歪める。
しかし、それ以上に、初めて魔法というものを放った高揚感のようなものが俺にあふれていた。
「これが、魔法」
指輪を見つめながら、先ほどの感覚を何度も反芻した。
熱湯のように熱いものが溢れるような感覚。
あれが魔力というものなのだろうか。
少しだけ、その感覚が分かるようになった気がする。
指輪は魔力を貯めておけると言っていた。すべて使ってしまったのだろうか、少しだけそんな力を感じなくなってしまったような気もする。
魔力を貯めるにはどうしたらいいのだろうか。また魔法が使えれば、何か起きてもどうにかなるかもしれない。
指輪のことをもう少し調べてみる必要がある。。
指輪について思案していると、しばらくして地鳴りのような音が聞こえ始めた。
その地鳴りは真っすぐこちらへと近づいてきている。
マズイ。俺の勘が離れろと言っている。
これは馬の蹄の音だ。それも複数、いや何十もだ。
この数の馬で動く奴らなんて正規の軍隊しかない。
正規の軍隊・・・、次の停留地、グリムヴァルドホールドか!
ドラゴンの出現に気付いて動かしやがったか。
俺の素性なんてつつけば埃しか出ない。
しかも悪党退治が数日前にあったんだろう。捕縛、討伐されてない悪党の情報が出回っているかもしれない。
ましてや俺は、ファミリーのナンバー2だ。
見つかったら公開処刑で娯楽として消化される。
くそ、逃げようにも足が折れちまっている。
回復の魔法みたいなのはないのか?
「くそ、回復!治れ!」
無理だ。何も起こらない。
万策尽きた。
そして地鳴りが近くまできて収まった。
顔を上げると、鈍色の統一された鎧を着こんだ兵士たちが近づいてきていた。
何人かが俺の前に来て、俺を地面から抱え上げてくれた。
そして一人、少し意匠の凝った鎧の男が俺の前にくる。
「グリムヴァルド軍の者です!逃げられた者から事情を聞き、救援に来ました!お怪我はありませんか!?」
「あ、足が折れてるんだ」
俺は少し俯いて表情を隠す。
最後の悪あがきだ。時間稼ぎにもならないかもしれない。
すると両脇の俺を支える兵士たちが小声で話し始めた。
「黒髪で細身って聞いてたよな」
「ああ、まあこの状況で生き残ってるんだ。間違いないだろ」
どうやらこれを手に入れたらツキが回ってくるってのは、あながち間違いじゃなかったようだな。
「しかしよくぞ生き残ってくださいました!」
偉そうな兵士は既に『そう』思っているようだ。
丁度知りたいこともあったんだ。
なら俺がすべきことは『自責する英雄』の顔をすること。
ただ、少しだけ確認のために一言だけ呟こう。
「いや、倒すことは叶わなかった・・・」
ゆっくりと兵士の顔を覗く。
ああ、良かった。
涙をこらえながら訴えかけるその顔。
同情しつつも、感嘆と羨望を混ぜたその表情。
ああ、君にも見せたかったよ。君が最も好きそうな表情だ。指輪を無くしたばっかりに。
「何を仰いますか!あなたがいなければグリムヴァルドホールドまでドラゴンはやってきていたかもしれません!!」
しかし俺はまだ残念そうな顔を続ける。
「いや、俺がもう少し強ければ、これほど犠牲も出なかったかもしれないのだ」
「なんと・・・。良いのです!この惨状、救援に駆けつけましたが我々ではなんの足止めも叶わなかったでしょう!冒険者訓練学校からは話を伺っておりますが、一応確認のため、お名前を」
零れそうになる笑みを押し殺し、俺は静かに答えた。
「ああ、俺はリッド。ゴールドランクの冒険者だ」




