プロローグ1
悪夢というのはカラスのようなものだ。
興味が無いような素振りで傍にいるが、獲物が弱っていくのをじっと待っているんだ。
俺は知っている。心も体も疲れ果てたまま瞳を閉じると、カラスはすぐにやってくるんだ。
またこの夢だ。
真夜中、森の奥深くに張ったテントの外が、突然昼間のように明るくなった。
炎の匂いと煙が鼻を突き、重い足音と金属の弾ける音が近づいてくる。
すぐさまテントの布を掻き分け飛び出せば、すでに辺りは一面火の海であった。
炎が木々を舐め、集積された物資へと火が移る。
中には高価な品物もあったはずだが、それどころではなかった。
俺はアニキを探すために走り出した。
火の粉が顔を焼くのも構わず、血と泥にまみれ横たわったファミリーの体をまたいで。
熱風が頬を撫で、煙が肺を焼くが構わず叫んだ。
「アニキ!どこだ!」
その声を聞きつけ、何人かの敵が駆けつける。
不揃いの鎧、持ってる武器もバラバラ。正規の兵隊ではないことはすぐに分かった。
しかし、森の奥深くに構えた野営地を一瞬にして火の海にする手際、そして他の物には目もくれず俺たちだけを執拗に狙い、命だけを奪い取っていく様。
目的はファミリーのせん滅?これは、入念に計画された襲撃だ・・!!
ファミリーに恨みを持つ奴らなんて星の数ほどいるが、それを実行に移すような奴らなんているはずがない。
相手は、とんでもない力を持った奴らなのかもしれない。
だったら、最も危ないのは、アニキの身だ。
「アニキ!やべえよ!これはただの襲撃じゃねえ!聞こえてたら逃げてくれ!!」
燃える空に向かってあらんかぎり叫んだ。
それを聞いて、また敵がやってくる。
一人か二人斬り伏せて、暗い闇の中へ向かって逃げだした。
冷たい予感が胸に突き刺さる。
こんななっちまって。
もしかしたらアニキだって、もうやられちまったのかもしれない。
でもアニキなら・・・。暗い闇の中に光る灯台のようなアニキなら。
だが・・・。
後ろは振り返らなかった。いや、振り返れなかった。
振り返ってしまえば、そんな小さな希望さえも炎の中に消えてしまいそうだから。
俺は走った。
燃え盛る森を抜け、より暗い方へとかけていった。
アニキ・・・。
心の中ではアニキの言葉がずっと聞こえていた。
「生きろ。ファミリーの掟だ。勝手に死ぬことは俺が絶対に許さない」
そして闇が溶けていくように、現実がゆっくりと滲みだした。
ぼんやりとした視界が、ゆっくりと鮮明になっていく。
幌の隙間から差し込む日の光が、埃っぽい客室を淡く照らす。
客室?いや、そんな豪勢なものじゃない。馬車の荷台に幌だけかぶせた、簡素な乗り合い馬車だ。
荷台の床なんて穴だらけで、道が流れていくのがよく見える。
あれから何日も、ただひたすら遠くを目標に、俺は乗り合い馬車に乗っていたんだ。
疲労も限界で、いつのまにか寝てしまっていたんだろう。それで何度目かの、あの悪夢を見たわけだ。
悪夢というのはカラスのようなもので、ずっとそばに居て俺が疲れて眠るのを待っているんだな。
「・・・大丈夫か?」
若い男の声がした。
夢と現の間を走る俺は跳ねるように上体を起こした。
腰に鈍い痛みが現れる。そうだ。ここは馬車の中。ゆっくりと記憶が蘇り、この痛みになっとくする。
ただの木の板を張り合わせた床だ。ケツは床に沿ってまっ平だ。
声の主は隣に乗っていた別の客だ。
少し視線をやれば、俺と同じような黒髪で細身の若い男が俺の顔を覗き込んでいた。
俺と違って髪には艶がある。つまりは気を使える程財布は暖かいようだ。
そして革製の身軽な防具に何の生地かはわからない上質そうなマント。
腰には少し心もとない短剣を下げている。
小綺麗な見た目とは裏腹に、ブーツは年期が入ってるがしっかりとしているようだ。
盗賊や悪党みたいな感じではない、かといって兵士のような厳格さは微塵もない。
だがいつでもそのまま戦えるような見た目だ。
ああ、俺の一番嫌いな人種だとすぐに分かった。
そして、彼が魔術師の類であることも。
「ひどくうなされていたようだ」
男が言う。
別に心配したわけではないだろう。
ただ長い馬車の旅に、うってつけの暇つぶし相手を見つけただけだ。
軽薄そうな顔、ほかの客にも興味なんてなさそうだ。
「・・・ちょっと嫌な夢を見ていただけだ」
俺は素っ気なく答えた。
別に彼が俺を本気で心配していなさそうだからって、幼稚な反抗心を出したわけではない。
どこで誰が聞いているかわからない。
丁度何日も満足に飯も食えてない。服だってかぐわしい匂いが出始めた頃だ。
ここでは俺は、無害で貧乏なただの客の方が自然だろう。
「派手な夢だったようだな。見てみろ、床も穴だらけだ」
笑えない。だがどうやらやはりこいつは思った通りお喋りなようだ。
見ず知らずの俺がうなされていたのを見過ごせないほど、話し相手に困っている。
そこで俺は少しだけ自分の立ち位置を変えることにした。
無害で貧乏な客から、無害で貧乏だがこいつが興味をそそり話したくなるような客へ。
「やめてくださいよ。魔術師のニイサン」
「おっと・・・。俺が魔術師だって言ったかな」
アニキは言った。先に1つ正解を言えれば、続く99の嘘も通り抜けちまう。って。
「言ってないですよ。上質な装備をしてらっしゃるのに靴はかなり使い込んでる。金はあるのに歩きまわるのが仕事なんてのは冒険者さんくらいだ。」
「ほかにも軍の伝令兵やいくらでもあるだろう」
「伝令兵でも人が切れる剣くらいは持ってるはずですよ。しかしニイサンのはジャガイモくらいしか切れねえサイズの短剣だ。だが飾りじゃねえ、ちゃんと使ってる跡がある。が、それが主力じゃねえようだ。ニイサンの体つきは剣振りまわしてどうこうだとか、相手に気付かれずに首を掻っ切るようなもんじゃねえ。じゃああとは魔術師ってことでさあね。あとはね、魔術師ってのはお喋りなんですよ。いつも話し相手を探してる」
男はどうやら俺を気に入ったらしい。
見たことのない玩具を見つけたガキのように俺に笑顔を見せた。
それから気分を良くしたようで、男は聞きもせずとも色々話をしてくれるようになった。
味方にはいらねえが敵には欲しい相手、アニキがよく言っていた。相槌を打つだけで情報を提供してくれるやつ。




