第五話 木乃香姉さんに思い切って告白しようとしたが……
「おっはよー、ハル君」
「あ、おはよう」
朝起きると、木乃香姉さんはいつものように元気よく俺に挨拶をし、台所で朝食の準備をしていた。
「もう風邪は大丈夫?」
「だいぶ楽になったよ」
「本当? 無理しないでね」
実際、薬を飲んでぐっすり寝たので、だいぶ体は楽になってきた。
それよりも、昨日の木乃香姉さんの言葉の方が気になって仕方ない。
(こ、木乃香姉さんも俺の事が好きなのか?)
いや、落ち着け。
仮に好きでも、あくまでも弟として好きなのであって、異性として俺の事を見ているとは全く限らない。
頬にキスをされた気がするが、それくらいなら、軽いスキンシップとも取れる。
むしろ、そう考えた方がしっくりくるのだが……ああ、駄目だ。
頭がグチャグチャしてしまい、木乃香姉さんの事がますます頭から離れなくなって、悶々とするばかりだ。
「今日もバイトあるんだっけ?」
「うん。九時まで」
「そっか。じゃあ、夕飯は私が作っておくね。そういえば、来月末にお店が閉店したら、どうするかもう決めてる?」
「新しいバイト先を探すよ」
「もう、そんな無理しなくて良いって言ってるでしょう。もっと、お姉ちゃんに甘えて、高校生らしく遊びなさいよ」
「そういう訳にもいかないって……」
木乃香姉さんは俺をどうしても大学に行かせたいっぽいが、大学の学費は高いのだし、いくら姉さんが頑張って稼いでも、それだけで補えるほどの金額ではないのはわかっている。
もちろん、バイトでどうにかなる訳ではないから、
「学費はお父さんやお母さんが残した遺産があるから、大丈夫だって言ってるでしょ。だから、ハル君は心配いらないの」
「あー、わかったって。勉強も頑張るから」
こう言い出すと、木乃香姉さんも聞かなくなるので、取り敢えずそう言っておく。
でもなあ……出来れば、卒業したら就職したい気持ちの方が大きい。
そうすれば木乃香姉さんと早く結婚……というのは、自惚れすぎか。
「ごちそうさま。じゃあ、片づけはやっておくから」
「うん、お願いね。あー、そろそろ出ないと」
朝食を食べ終わり、俺が食器の片づけを行い、木乃香姉さんは仕事に行くしたくをする。
これが俺達の日常。
こんな生活がずっと続けばいいなーって思っているんだが、いっそ独身のままでも、こういう生活が死ぬまで続けば……。
(いや、よくない。俺は木乃香姉さんと恋人同士になりたいんだよ)
ただ姉弟として一緒に住むだけでは、今と何の変りもない。
もっとその先の関係になりたいんだが、木乃香姉さんも俺の事を……そうなら、迷う必要はない。
今夜にでも告白してしまおう。
本当はこの前のデートでしようと思ったのだが、どうせなら家でさり気なくして、そのまま一気に……という流れにしてしまおう。
「よし」
そう決心し、いよいよ今晩、木乃香姉さんに告白する事にする。
もうこうなったら止まらないぞ。
そして夜になり――
「ただいま」
「おかえりー」
学校もバイトも終わり、真っすぐ家に帰ると、木乃香姉さんがエプロンを着たまま、俺を元気よく出迎えてくれた。
(いつ告白しよう……)
寝る前にさり気なく言ってしまおうか。
自宅で姉に告白とか、背徳感がありすぎて、興奮してしまう。
しかし、そんなのもありかもしれないな。
「ごちそうさま」
木乃香姉さんが用意してくれた夕飯を食べ終え、居間へと向かう。
今日はスーパーの総菜で済ませたようだが、いつもこんな物なので気にはしない。
「風呂に入ってるみたいだな。木乃香姉さん」
「へ?」
浴室へ行くと、ちょうど風呂から出て来た木乃香姉さんとバッタリ対面してしまった。
ちょうどタオルを前に垂らして大事な所は隠してあるが、思っていた以上にスリムでくびれもあり、色白で本当にキレイな体をしている。
胸もそれなりに大きいし、モデルをやっているだけあってスタイルは良いなあ……。
「きゃああっ!」
「あっ! ご、ごめん!」
木乃香姉さんのスタイルに見とれていると、急に顔を真っ赤にし、悲鳴を上げて、木乃香姉さんは浴室の中に引っ込んでしまった。
や、やべええ……調子に乗って、つい木乃香姉さんの裸をじっと見ちまった!
折角、告白の決心がついたのに、これじゃあ印象最悪じゃんか!
「あー、木乃香姉さん」
「何?」
「その、さっきはごめん」
風呂から出て、寝間着に着替えて、居間で麦茶を飲んでいる木乃香姉さんにさっきの事を謝る。
すると、くすっと笑いながら、
「んもう、急に入ってくるからビックリしたよ。今度から、気を付けてね」
「ごめん、気を付けるよ。その……俺もまさか、出てくるとは思わなくてさ」
本当にわざとじゃなかったのだが、俺の不注意には違いなかったので、とにかく謝る。
「別に怒ってないから、そんなに深刻な顔をしなくて良いよ。へへ、もしかして、お姉ちゃんの体に見とれちゃったー?」
「その……うん」
「へ? そ、そうなんだ……」
恐らく冗談で言ったつもりだったんだが、素直にそう言うと、予想外の答えだったのか、木乃香姉さんも面食らった顔をして、顔を赤くする。
「いや、はは……やっぱり、モデルやってるだけあるよな。我が姉ながら、スタイル良いなって思って」
「も、もう! 冗談は止めなさい! ほら、早くお風呂入って、宿題して寝る!」
「お、おう。じゃあ、お風呂入るから」
折角なのでもうちょっと攻めようとしたが、これ以上やると木乃香姉さんを怒らせてしまいそうなので、この辺にして、お風呂に入る。
くうう……今のセクハラみたいだったかな?
でも、実際綺麗な体をしていたんだから、仕方ないじゃん。
風呂に入っても、さっき見た木乃香姉さんの裸体が頭から離れず、悶々としていたのであった。
「出たよー……」
「うん。明日もバイトあるんだっけ?」
「まあね」
「そっか。じゃあ、夕飯は私が適当に準備しておくから」
風呂から出た後、木乃香姉さんにそう告げると、木乃香姉さんも寝室へと戻ろうとする。
「あ、あのさ」
「何?」
「えっと……その……」
い、言うか? 俺と付き合ってくれって……。
「木乃香姉さん! お、俺と……」
「?」
付き合ってくれ――その一言を言おうとすると、やっぱり止まってしまう。
もし断れたら……今の関係すら、壊れてしまう。
そう思うと、どうしても口にできなかった。
「お、俺とまたデートしない!? 今度の土日!」
「え? ああ、うん。良いよ」
「よ、よかった。はは……」
「くす、なーに? そんなにお姉ちゃんとデートしたかったの?」
「そ、そうだよ。悪い?」
そう言うのが精いっぱいだったが、木乃香姉さんはあっさりOKしてくれたので、安堵する。
だ、だけどこれだけじゃダメなんだ!
俺は木乃香姉さんと……。
「へへ、楽しみだなあ。じゃあ、行先を決めたら教えてね。おやすみ」
「うん。おやすみ」
と笑顔で、寝室へと向かった木乃香姉さんを見送り、溜息を付いてその場で崩れ落ちる。
くそ、こんなんじゃいつまで経っても告白できない……どうにか、もう少しの勇気を……と思いながら、俺も床に就いて、悶々とした夜を過ごしたのであった。