第十八話 そして、二人は共依存に
「ただいま」
自室にこもっていると、いつの間にか木乃香姉さんが帰ってきた。
しかし、彼女を出迎える気力もなく、俺はただ布団の中で蹲る事しか出来ずにいたのだ。
「まだ、決心がつかない?」
「それは……」
つくはずがなかった。
あれから、ずっと頭が真っ白のままで、これが悪い夢じゃないかと何度も何度も思ったけど、結局、夢が覚めないみたいで……。
どうして、こうなったのかも今となってはわからなかった。
「しっかりしなさいよ。私はハル君の……いいえ、晴仁の物なんでしょう。私の体を好きにしたいっていうなら、ちゃんとどうしたいかは決めてよね」
晴仁か……そう呼ばれたのはいつ以来だろうか?
ずっと、ハル君って呼ばれていたので、それ以外の呼び方をされるのはやっぱり違和感がある。
自分の名前なのにな……変な感じだ。
「はあ……これだけは約束するよ。どんな決断をしても、晴仁の事を嫌いになったり、恨んだりは絶対にしないって。その事は覚えておいて。じゃあ」
とだけ告げて、木乃香姉さんは仕事に行ってしまった。
俺は彼女を追いかける事も出来ず、自室で項垂れるしか出来なかった。
「う……」
寝ちまったのか……それにしても暑い。
夏だから当たり前だが、冷房を使ってないとこうも暑いんだな。
扇風機だけだと、あんまり体は涼しくならないが、クーラーを使うと電気代の事を考えてしまうので、使う気になれなかった。
こんな時でも生活費を考えてしまうとはな。
しかし、今は部屋から出る気力もない。
どうすればいいんだろう……今、木乃香姉さんが子供を産んでも、俺にはとても養えるとは思えない。
高校を卒業したら、就職しても良いんだろうけど、このまま中退したら、多分、まともな職に就けないんだろうな。
まさか、このまま引きこもり生活を?
はは、木乃香姉さんが養ってくれるってなら、それも悪くないけど、それでも産まれてくる子供から逃げる事は出来ないのだ。
「ただいま」
それからどのくらいの日時が経過しただろうか。
もう夏休みも終わってしまったらしいが、時間の感覚などとうの昔になくなってしまった。
「晴仁、今日学校だったわよね? またサボリ? いい加減にしなさいよ。学校行かないと困るのはあなたなのよ」
仕事から帰って来るや、木乃香姉さんは早速、俺に説教を始める。
その口調は姉でも恋人同士でもなく、まるで口うるさい母親そのもので、少し不快さを感じる物であった。
何だか遠い存在になったみたいだな……。
優しくて朗らかな木乃香姉さんと今の女はまるで別人だ。
「何度も言うけど、そろそろお腹も大きくなってきて、誤魔化しが効かなくなる時期なの。中絶して欲しいなら、早い内に決断して。それが出来ないなら、産むしかないわね」
「産みたいの?」
「五か月過ぎたら、堕ろせないから、産むしかないって言ってるの。一緒に背負ってもらうからね。子供の事」
問答無用といった言い方だったが、俺が背負う責任があるのは頭ではわかっているのだが、それを背負うだけの決心がまだ付かないんだ。
「はー……私は晴仁の物なんでしょう。だったら……」
「もういいよ。怒っているなら……」
「怒ってなんかいないの。別に謝って欲しいんじゃないんだよ。こうなったのは、晴仁だけの責任じゃないって何度も言っているじゃない。どうして欲しいのか、早く決めてってだけ。どんな答えでも晴仁を恨んだりしないから」
これも何度も何度も聞いた話だ。
あくまでも俺に決めさせようとしているのが、何だかいやらしさを感じてしまう。
「じゃあ、夕飯の準備しておくから」
これ以上、話をしても埒が明かないと判断したのか、木乃香姉さんは部屋から出る。
俺は……どうしたいんだよ……何て、まだウジウジしている間に、木乃香姉さんが夕飯を俺の部屋に持ってきて、それを食べていった。
「お風呂出たわよ。早く入りなさい」
夕飯を食べ終えた後、一足先にお風呂に入った木乃香姉さんが俺の部屋に入って、風呂に入るよう促す。
あー、風呂か……入らないとな。
「ほら、早く。さっさと入って……きゃっ!」
木乃香姉さんが俺の肩に手を置いた所で、彼女の手を引いて、強引に押し倒す。
シャンプーの匂いがとても心地よく、タンクトップとホットパンツという露出の多い格好が、しばらくぶりに男としての本能が目覚めてしまった。
「や、止めなさいっ! 私、お腹に……」
「本当に妊娠したのかよ? お腹はまだ……」
「ああ、もうっ! この前、母子手帳も見せたでしょう! そんなに早くお腹は大きくならないの!」
「く……久しぶりにやろうよ」
「え……きゃっ!」
もう自暴自棄になってしまい、強引に木乃香姉さんを押し倒して、そのまま犯していく。
ああ、最低だな本当に……でも、そんな最低な弟を挑発した木乃香姉さんも悪いんだ。
「…………」
「起きて、晴仁」
「う……木乃香姉さん……」
それから何時間経過したか。
そのまま寝てしまったのか、隣で裸になっていた木乃香姉さんに起こされる。
「もう……お腹の子供に障るでしょう」
「悪い……怒っている?」
「まあ、少しは。でも、気が済んだ?」
「うん……よくわからない」
怒っているとは言いながらも、その口調は思っていた以上に穏やかだった。
「えへへ、でもちょっと嬉しかったかも。最近、まともに話も出来てなかったし。やっぱり、体で語り合うとすっきりするかもね」
「体でって……そうかもな」
しばらくぶりに俺に眩しく可愛らしい笑顔を見せて、そう言ってくれた木乃香姉さん。
無理矢理犯したってのに、そんな顔をされたら、余計にムラムラ来てしまう。
本当に小悪魔だな……そんな所が好きになったんだろう。
妊娠していることを告げてから、初めてだったかもしれない。
溜め込んだ物を吐き出したおかげで、ちょっとすっきりしたかも。
「じゃあ、お風呂入りなさい。そろそろ学校行かないと、困るでしょう」
「うん」
そう言って、木乃香姉さんは俺の部屋を後にする。
今までギスギスしていたが、それは今ので和らいできたようであった。
それから、一年が経過する。
結局、木乃香姉さんは俺の子を産み、産休に入った。
俺は……高校だけは出ろと言われ、ようやく学校には行くようになったが、完全に木乃香姉さんに依存している状態が続いていた。
「くす、可愛い子だねー♪ どっちかって言うとママに似ているんじゃないかな?」
生まれてきた女の子の赤ちゃんを木乃香姉さんは嬉しそうにあやしていき、母乳を与える。
俺は……一時の欲望に溺れて、取り返しがつかない事態を招いてしまった。
だが、木乃香姉さんは恨み言は言わずに、しっかり育児もし、俺の保護者としての責任も果たしていた。
もう彼女には全く頭が上がらない。
一生上がることはないだろう。でも、幸せそうな木乃香姉さんの顔を見たら、それでも良かったのだろうと思うようになった。
「なあ、木乃香姉さんはずっと俺の面倒見る気ある?」
「くす、そうね。あなたがそう望むならそうしてあげる。子供も晴仁も私が背負ってあげるからね」
と言って笑顔で、即応える木乃香姉さん。
そんな彼女の笑顔が少し怖く見えたが……今が幸せならそれで良いか。




