9話 アシハナユウとヤギどらごん
よろしくお願いいたします。
ソウタと私は公園のベンチに並んで座る。
春の夕暮れ時。体を撫でる風が少し冷たい。
「最近出費がすごくてさ、でもここまで来てくれるようになったんだ」
彼は唐突にそして静かに話し出した。
「ユウにも見えるか確かめてもらいたいんだ」
そう言って、彼はコンビニで買った72円のソーダ味のアイスを取り出した。彼はそのアイスを自分で食べるわけでもなく、ただ封を開け食べられる状態にして手に持った。
「確かめるって何を?」
「このアイスを見てほしいんだ」
彼は私の目を見たあと、手に持ったアイスを凝視した。私もそれに倣ってアイスを見ることにした。
「……消えたね」
「…ユウには消えて見えるんだね」
「ソウタには何が見えてるの?」
「僕が手に持ってるアイスをヤギどらごんが舐めているんだ」
「ごめん。全く見えない。アイスを消すっていう手品なら本当にすごいと思うけど…」
彼からの返答が遅かった。ソウタは嘘をつかない人間。きっとこれは本当のこと。
「……ヤギどらごんに会えたらいいなってユウが言ってたから調べて頑張ってみたんだ。でもこれじゃあ僕は嘘つきだね」
そこから数分間、会話はなかった。
そして彼から別れ話が切り出された。
大学内で会ってもお互いに目を逸らすのが容易に想像できた。
「寒くなるしもう帰るね」
それだけを言って私はベンチを立った。彼はひどく猫背に顔は下を向き俯いている。手にはアイスの棒があった。
そこから少し離れて、見えなくなる前に最後に振り返る。変わらない姿勢のままカワカミソウタはそこにいた。
ありがとうございました。