72話 ヤエザキハルミとヤギどらごん
よろしくお願いいたします。
ヤエザキハルミの入浴時間は平均して80分。
本日の入浴のお供はバニラ味の高級カップアイスとアルコール度数の高い缶チューハイ。
職場でのストレスが溜まっていたので帰りにコンビニで買ったもの。普段はコンビニに寄らないのだが今日は特別とした。
湯に浸かり、ネット配信のドラマを観ながらアイスを食す。そしてちびちびと酒を口に含み、口の中がケミカルないちご味に変わる。40度の湯船は私を包みこんで温める。
これが私の時間であり、心を許す時間であり、幸せな時間である。
入浴剤はドラッグストアで購入した金木犀の香り。前から使おうと楽しみに用意していたものだ。
今の私の幸せといえばこれくらいのものである。
アイスの最後の一口をスプーンで掬ったとき、目の前にヤギどらごんがいて、最後の一片をとても羨ましそうな目で見ていた。
不思議と驚きはしなかった。浴槽の蓋の上にはスマホ、缶チューハイ、アイス、そしてヤギどらごん。なんとも不思議な対面。
アイスの乗ったスプーンを彼岸の口元へ伸ばすと、ヤギどらごんは短い舌でぺろりと舐めた。
そしてヤギどらごんは目を薄く閉じて微笑む。とても可愛いらしい光景。それを見て私の口元もゆるむ。ほんの数秒の間、浴槽の蓋の上でヤギどらごんは踊りを見せてくれた。ずいぶん久しぶりに心から笑った気がする。
この高級アイスを毎日食べられるくらい頑張ってみようか。
幸せもモチベーションも私にはこれくらいで充分なのだ。
☆☆☆
次の日の入浴にはヤギどらごんはいない。
その次の日にはヤギどらごんがいた。
また次の日にはいない。
ヤギどらごんは金木犀の香りが好きなのかもしれない。
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ありがとうございました。