51話 キヨタゲンゴとヤギどらごん
よろしくお願いいたします。
「みんなが生まれてくるよりもずっとずっと昔、この地球にはヤギどらごんしかいませんでした」
齢七十を超えるような老夫。白髪頭で腰は曲がっている。服装は年相応の小綺麗な格好。手には手作りであろう紙芝居。おそらく話も老夫オリジナルのもの。周りに誰もいないのにとても楽しそうな表情で老夫は物語を空んじている。
いつもの放課後、いつもの公園、いつもの友達と集まってサッカーしているところに初めて見る老夫。
聞く理由などはなかったが、僕たちはサッカーを中断して紙芝居を聞くことにした。僕たち6人は老夫を中心に扇の弧を描くように並んで座る。
老夫は滅茶苦茶な物語を話している。子どもの興味を引くためだろうか、ヤギどらごんや有名キャラクターが話によく出てきた。ストーリーを崩すほどたくさんのキャラクターを登場させており紙芝居は聞くに堪えない出来であった。学がないんだろうな、と僕は思ったが紙芝居に描かれている絵はとても奇天烈なタッチと色彩で描かれており目を引くものがあった。
それでも数分すると紙芝居に堪えきれず、飽きた僕は少し離れてリフティング.をして聞き流すことにした。
50、100、200、400と数字が増えるとともに頭からは紙芝居のことなど綺麗に消えていた。
パチパチパチパチパチ
友達の拍手の音で紙芝居の終わりを知る。リフティングを止め、これでサッカーが再開できると思ったところ、老夫がマサタを指差して言った。
「おまえさん、真剣に聞いてくれておじちゃん嬉しいわ。特別にえぇのあげるから一緒に行こうか」
褒められたからだろうか、特別な物が貰えるからかマサタは何処となく嬉しそうな表情をしている。ずっと前からの楽しそうな表情とともに老夫の口の端がひどく釣り上がっている。
どうやらマサタは老夫の斜め後ろを歩き、着いていくことにしたらしい。
僕らの制止の声はマサタに届かない。何を言っても振り返ってくれない。二人が遠退いていく。
とても嫌な予感がした。僕はボールを地面に置き、数歩下がる。
ゆっくりと呼吸して集中する。
助走距離を使いキヨタゲンゴは体重を乗せボールを強く蹴り出す。
それは惜しくも老夫の頭一つ分上を通り過ぎるような軌道。マサタを除く5人から落胆の声が漏れる。
落胆の刹那、不思議なことが目の前で起きた。
逸れるはずだったボールが急に下へ落ちて老夫の脳天に直撃した。決して無回転ボールでも縦回転でもなかった。
それは奇跡だった。
老夫は意識外のボールの衝撃に前方うつ伏せに倒れ、まったく動かなくなった。
歩くマサタを怒鳴り上げ、皆でその場を逃げた。
逃げた先、駐輪場のキヨタの自転車の籠には先程蹴り飛ばしたボールが入っていた。
キヨタが深い意味もなく空を見上げたところ、放課後の薄暗い空にはヤギどらごんが飛んでいた。
☆☆☆
老夫には前科があった。
ヤギどらごんを自身の紙芝居に登場させてなければそれは長く長く続いていたかもしれない
ありがとうございました。