32話 タカシマレイカとヤギどらごん
よろしくお願いします。
じゃんけんで負けてしまった。
32℃の真夏日、昼過ぎの駄菓子屋でシュウイチは絶望していた。アンハッピーアイスクリームゲームの敗者にシュウイチが選ばれた。今日は授業が午前終了で部活動もなし、こんなハッピーな日にこんな残酷なゲームをするのだから自分達はしょうもなくアホなのだとシュウイチは考える。
勝者であるカツジとタケオは手にしたアイスクリームをすぐに食べ始める。大口を開けるも、大事そうにゆっくりと食べ進める2人。その姿がなんとも憎たらしくシュウイチの目に映る。敗者はアイスクリームが食べられないのではない。勝者が食べ終わるまでアイスを食べてはいけない、これがアンハッピーアイスクリームゲーム。シュウイチの手にも勿論アイスクリームはある。溶けるのを遅らせるため、陽が当たらないよう体で影をつくることに努めている。なんでこんなゲームが生まれてしまったのかはわからない。わからないまま3人は高校2年生になっていた。3人は灼熱の帰路を歩き行く。
「アイスうめぇ。溶ける前に食わなきゃアイスじゃないよな?」
「その通り。真夏なのに食べられないの辛いね」
カツジとタケオの煽り文句にシュウイチの額に青筋が浮かぶ。アイスを持つ右手はひんやりと涼しげであり、それ以外の部位は今にも沸騰しそうであった。暑くてどうにかなりそう、アイス以外何も考えられない。右手のアイスから目を背けるように顔を上げると、予想もしない人物を見かけて口から言葉が漏れ出た。「……レイカ様」その声に反応した2人もシュウイチの見る方向に続く。3人が歩く道路の車道を挟んだ反対側に彼女はいた。彼女は手を顔の高さまで挙げている。
「様呼びはやめてよ〜」
3人のクラスメイトでもあるタカシマレイカは照れながらも笑みを浮かべて答えた。シュウイチだけでなく、カツジもタケオも先程の悪意、緊張感ある顔つきから口元が緩んだ顔へと早変わりする。アイスのこと、暑さのこと、実は明日模試があることなど3人の頭から綺麗になくなっていた。
「ちょい前から見てたけど、まーた、変なのやってんね」
男3人の顔がどんどん綻びる。暑さをかき消す清涼感、容姿超端麗、男子生徒憧れのクラスメイト。そんな存在から話しかけられたのだ。健全な男子高校生の当然の反応である。
「そのアイス食べないの?」
「あぁ食べるよ」続くレイカの言葉にそう返しシュウイチは小さくなったアイスクリームを口へ運ぶ。
「「「あっ」」」
男3人の声が揃う。
無意識って怖いな、そう思考した瞬間にシュウイチは走り出していた。逃亡ではないことを彼我に大きな声で言い聞かせる。
「あの坂までに捕まえられたら、何でも言う事聞いてやらぁ」
「「殺す」」
シュウイチは左腕でエナメルバッグが跳ねないように抑え、空になった右手を後ろに振る。カツジとタケオの額に青筋がありありと浮き出る。
「あいつ殺すから。レイカさん、またクラスで」
「じゃあね、レイカさん、明日は礼服登校かもね」
カツジとタケオはクラスメイトに笑顔で挨拶を告げた。そして前を走る親友には殺意を向け、その場を後にする。
真夏日の昼過ぎ、残された彼女は1人呟く。
「仲良しっていいなぁ」
青い空に目をやった数秒後、そう遠くない場所から聞こえてくる悲鳴。彼女は目線を少し下げ苦笑した。彼女の足元にいたヤギどらごんは目を大きくして驚いていた。
ありがとうございました。