14話 サガマシロウとヤギどらごん
よろしくお願いいたします。
腕時計が0時を示す。
噂の通り現れたおじさんは、
噂の通り頭をトンネルの壁にぶつけ出す。
その音はトンネル内部に響いているようで、トンネル外の茂みの中、自分がいる位置からも鈍い音がよく聞こえた。よく見えよく聞こえる、我ながらいい位置を見つけたものである。
生々しい音が響き続ける。
ゴッという頭突きの音の後に、小さな呻き声が聞こえる。壁に頭をぶつけているのだから当然痛みを伴うのだろう。なぜおじさんは辛い思いをしてまで頭を打ち続けるのだろうか。
一定間隔で響いていた音が、突然鳴り止んだ。
それと同時に今度は叫び声が聞こえてきた。
「助けてくれぇ助けてくれぇ」
おじさんは叫び続ける。
「助けてくれぇ助けてくれぇ助けてくれぇ」
僕は全身の毛が逆立つような、体から血の気が引く感覚をおぼえた。
おじさんの頭、口の上から頭頂部までが壁にめり込んでいた。見間違いではなかった。手足をバタつかせてもがいている。
「助けてくれぇ助けてくれぇ助けてくれぇ」
状況からして、救助できる、救助を呼ぶことができるのは、一部始終を見ていた自分だけ。
頭ではわかっていたが、おじさんの方へ体は動かなかった。自分がここに来ていることは誰も知らない。形容できない恐怖に膝が震えるのを抑え、サガマシロウはその場を去ることにした。
走ってトンネルから離れる。おじさんの声は小さくなっていく。その時、暗い道中で妖精とすれ違った。振り返って見ると、その妖精はトンネルへと向かって走っているようだった。
おじさんがその後どうなったかは知らない。変なおじさんの噂は自然と耳に入らなくなっていた。僕の話はこれで終わりだ。
その日のことを忘れようとしても僕は忘れられないでいる。
夜になるとそのトンネルへ行きたくなる。
きっとそのトンネルへ行ったらおじさんのように壁に頭を打ちつけるような気がしてならなかった。
自分が変なおじさんになってしまうのではないか。
サガマシロウは桜霧トンネルのことは考えないように心に押し込めて生きることにした。
ありがとうございました。