1話 ドリームブレーカーとヤギどらごん
よろしくお願いいたします。
5時限目の現代国語は自習だった。
どうにもやる気が起きなかったので腕を組み、目を瞑ることにした。夏休みをあと数日に控えた教室内。周りの賑やかな話し声が耳に入ってくる。
「会った」「会えた」「会えない」
「見たよ」「見てない」「見たことない」
教室の話題の中心はヤギどらごんについてだ。
自分でさえ知っていた。世界的大流行、ヤギどらごん。始まりは日本人の配信動画からだった。
その動画の再生回数はSNS上にて80億回。ステレオタイプな博士のような衣装をした男がヤギどらごんについて語る。右手にはパペットのヤギどらごん。見える人には見えるのが妖精ヤギどらごんだと博士風の男は画面の中で熱く語っていた。
存在しないものを存在するものとして、世界中が熱狂した。世界が狂っているからこそ、自分はこの世界で正常な人間だと実感できる。
そんな頭に浮かんだ言葉を払いのけ、目を開けて自習をすることにした。自習をするというこの場で正常であろう判断をした。
息を大きく吸おうと顔を上げたところで、視界に何かが映りこんだ。角の生えた丸い目をした生き物。手にはソーダ味であろう水色の棒付きアイスを持ち、短い舌を出してそれを舐めている。信じ難いがその妖精は無人の教卓の上に座りアイスを食べていた。
ヤギどらごんは自分が今までに見知った情報と一致していた。この教室内にヤギどらごんを見えている人は自分の他にはいないようであった。1つ溜息が出る。
アイスを持っているということは誰かがヤギどらごんに渡したのだ。教室内にいなくてもこの妖精が見える人がどこかにいて、ヤギどらごんにアイスを渡すことに成功している。アイスを食べるヤギどらごんは丸い目がより険しくなり、アイスを食べることへの真剣な様子が見て取れた。
妖精を見ることができたという嬉しさはなかった。
頭がおかしくなったのではないか、という考えが溢れ出てそれはとても苦痛だった。
息を大きく吸い決意した。
進路志望を地元国立大学に設定し直した。
俺は真剣に自習に取り組むことにした。
ありがとうございました。
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