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【後編】

 ある時風変わりな客が来た。年の頃は十くらいか。


「傷がある者を探しているのか?」


 先の支配人との会話でそのようなことを言っていたので、檻の中を丁寧に一つ一つ見ているその少年に声をかけた。


「そうだよ。僕はお金持ちじゃないからね」


 怪我がある奴隷は安く買うことができる。だから少年は怪我をしている奴隷を探しているのだと言った。


「君のこともここから出してあげたいけれど、すぐには難しそうだね。見たところ怪我も何もないし、賢そうだし、その上美人だ。ここの支配人はいくら出せばいいのかすらも教えてもくれなかったよ」


 少年はそう言って不満げに口を膨らませた。


 支配人とその部下の話を以前盗み聞いたことがある。私には高値がついていると。どうやら私は貴重な鬼と人間のあいの子のようだ。


 鬼という種族は主に肉体的な面で人よりも秀でていることが多いそうで、奴隷としてとても人気があるようだ。賢い者も多く、下手をすると人間のほうが欺かれて出し抜かれるので、扱う者を選ぶ奴隷だとか。


 しかも、私はその中でも稀な女児の鬼の間の子。鬼はその殆どが男なのだそうだ。女の鬼はとても美しく、多くの人間を虜にするという。だから私はこの()に於いて最高の価格をつけられているらしい。


 看板商品として店に据え置きされており、売られる予定は本当はないのだという。私は客を寄せるためにこの檻に閉じ込められ続ける予定だということだ。


 ある時客に言っていた。この子鬼を買うには、ここにいる奴隷たちすべてをまとめて買う金額の10倍は必要ですよと。


(つまり、私は奴隷の平均価格の300倍ほどの金額がつけられているというわけか。ここから買われて出られる見込みはないな)


 それを聞いたとき私はそう思ったのだった。しかし、外の世界には別段興味はなかった。






 鬼の血の流れる私には便利な能力がいくつかあった。奴隷仲間を治した治癒の力の他に、よく使う千里眼という力があった。千里眼とは遠くの景色を見ることができる力だった。


 千里眼を使って、檻の中から外の世界を垣間見た。しかし、つまらなさそうだった。同族の鬼はどこの地でも迫害されていた。山奥で細々とでも静かに暮らせている者たちはいい方だ。大抵は奴隷として捕まり酷使されるか、その力を恐れてただ捕まえられ永遠に檻の中、もしくは即殺されていた。


 前世では生を満足に生きることができた。今度は恩返しをする番だ。今生は人に尽くそう。ここに来る奴隷たちを癒やしてあげよう。ここはこの世界でも最も虐げられた者たちが集まる場所。私の異能を発揮するには一番適しているのではないか。そう思えた。






 あの少年がまた来た。お金が溜まったので、また違う奴隷を引き取っていくのだという。


 この少年は他の客と違い、こちらを対等に扱うような話し方をしていた。だから少し興味が湧いた。


「奴隷を使って何をするというのだ?」


「えっとね。まず怪我を治すでしょ。それから、冒険者ギルドに登録するんだ。そしてしばらくは一緒にクエストをこなしてお金を稼ぐ。そしてその子が一人でもクエストこなせるようになったら奴隷契約を解いて住民登録させるんだ。そうして稼いだお金が溜まったらまた奴隷の子を引き取りに来る。その繰り返しかな」


 その話を聞いて、なんとなく外の世界にも興味が湧いてきた。自分は受け身の姿勢でこの檻にとどまり、ここで人助けをしてきたつもりでいた。しかし、この少年はなんともアクティブに動くものだ。


 自分がやるべきことは本当にこれでいいのか? そう疑問に思い始めた。


「でもここは何故だか最近怪我をしている子が少ないんだ。だからこの先ここに来る機会が減っちゃうかもしれないけれど、たまに君の様子を見に来るよ。君をここから出してあげられるくらい頑張って稼ぐからね」






 檻の中で仲間を治し続けて数年が経った。少年は約束通り何度か顔を出してくれたが、そのうち忙しくなってきたと言って来る頻度が減った。


 自分のやっていることが果たして役に立っているのか。そんな疑問を抱き続けながらも、かといって外に出られるわけでもないのでこの状況を受け入れるしかなく、遠くを見て過ごす日々が続いた。


 少年の様子が気になって千里眼で見ていたこともあったが、やがて少年の活躍が眩しくなり、見ていられなくなった。そのため、最近では遥か遠く、鬼も人もいない土地の景色を眺めていることが増えた。


 そんな無益な日々を送っていると、ある日少年が慌てたように店に駆け込んできた。前回来たときよりもだいぶ日が開いているように思う。背も高くなり、冒険者業の効果か筋肉もしっかりとついてきて、いつの間にか少年というよりも青年に近づいていた。


 かつての少年が支配人に話をすると、支配人も驚いたように反応し、慌てて少年を伴ってこちらへ向かってきた。


 今まで何度も聞いた、仲間を見送るときになるあの檻の鍵が開く音が目の前でなった。支配人が手を出すよりも先にかつての少年が手を差し伸べる。軽々と私を抱き上げる手は、少年というよりもやはり青年だ。これからは少年ではなく青年と呼ぼう。


 そう思っている間に檻の部屋から出され、応接のようなところに連れて行かれる。そこで青年と支配人が契約書のようなものをかわした。その時初めて彼の名前を知った。


「これから僕のことはイカロスと呼んで」


 青年と呼ぶまもなくイカロスと呼ぶことになった。イカロスが私を引き取るためにお金を貯めている話をある冒険者に伝えると、半分お金を出してくれると言われたのだそうだ。そのお金で慌てて私を引き取りに来たのだという。


「イカロス。これからどこに行くの?」


「冒険者ギルドだよ。君と冒険者になれば、今までよりももっと稼げると思うんだ。そしたらまたたくさんの子たちを救えるね」


 イカロスはそう言って笑った。


「冒険者連中は荒っぽい。君みたいなかわいい子は嫌がらせを受けるかもしれない。苦労させてしまうと思うけど、一緒に手伝ってほしいんだ」


 イカロスはつまり奴隷解放のような運動をしているのだ。私も暗がりで人の怪我を治したくらいで満足している場合ではない。彼の行くところについていきたいと思った。






 この時私は知らなかった。私がいた場所は傷物専用の奴隷販売所。そして奴隷の扱いが悪いこの国で、即死以外でたどり着くのがこの場所だった。


 冒険ギルドで、闘技場で、鉱山で酷使され、怪我を追ってここにたどり着いた数多くの奴隷仲間が私の手で癒やされていた。


 私は知らなかったのだ。私がこれから向かう冒険者ギルドで、街中で、国の果てで、かつての奴隷仲間が、私に恩返しをするべく待ってくれていることを。

読んで下さりありがとうございます。


ブックマークをつけてくださった方、ポイントを入れてくださった方、ありがとうございます。



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