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10話「三年後の夏」エリーゼ視点



――エリーゼ視点――



ルイス・クッパー子爵令息と出会って三年が過ぎた。


高等部三年に進学した私は、文官の見習いも兼ねて学園が夏休みの間、お城でインターンをしている。


「ねぇ、ねぇ、エリーゼ。

 ワルフリート・エメリッヒ伯爵令息から告白されたって本当?」


お昼休みに話しかけて来たのはレーア・キャンベル伯爵令嬢。


学園では同じクラスで、一緒にインターンに申し込んだ。


彼女は明るいふわふわしたオレンジの髪をハーフアップにして、ピンクの大きなリボンをつけている。


「なんで知ってるの?」


今日はお弁当を持ってきたので、食堂にはいかず、仕事用の机でご飯を食べている。


ちなみにレーアは私の隣の席だ。


「だって噂になってるもの」


レーアは噂話が好きだ。


「誰がそんな噂を……」


ワルフリート・エメリッヒ伯爵令息は学園の一つ先輩。


今は文官として働いている。


彼には卒業パーティの前日と先週、合わせて二回告白された。


卒業パーティの前日に告白されたときは、即行で断ったが、彼はまだ私のことを諦めていないようで、先週お城で再会したときにまた告白された。


私は直ぐにでもお断りしようと思ったのだが、「返事は直ぐにしないでくれ! ボクの良さを周りの人に聞いて、それから答えを出してくれ!」と、相手に先手を打たれてしまった。


「学校中のみんなよ!

 それと文官の女性たちも騒いでいるわ!

 彼、素敵よね。

 学園に在学中は常にトップの成績。

 文官試験も首席合格!

 文官になってからも仕事をバリバリこなしてるみたいだし!

 将来出世すること間違いなし!

 エリート街道まっしぐら!

 その上整った顔立ちで、背が高くルックスも最高!

 それに誰に対しても分け隔てなく優しいし、わたしもあんな人に告白されたいわ〜〜!」


レーアがうっとりしながらそう言った。


うーん、彼の評価ってそんな感じなんだ。


私にはエメリッヒ伯爵令息は、作ったようなどこか嘘くさい笑顔を貼り付け、かっこいい自分に酔っていそうな顔とスタイルをしたどこか信用ならない人に見える。


宰相の娘をしていると色んな人が家に来るので、自然と人の心の中を見透かせるようになってしまう。


エメリッヒ伯爵令息のようなタイプに会うのも初めてではない。


彼のようなタイプの人間には隙を見せず、距離を取ることにしていた。


エメリッヒ伯爵令息の一番だめだと思うところは、特殊配合した薔薇の香水の匂いだ。


彼はその香水を山程つけているから臭くてたまらないのだ。


特に食事時には会いたくない。


せっかくのご飯が不味くなってしまう。


だから今日も仕事用の机でご飯を食べている。


食堂に行くとエメリッヒ伯爵令息が声をかけてきて、鬱陶しいのだ。


特に匂いが……。


せっかくインターンになったら、ルイス様と一緒の時間を過ごせると思っていたのに……。


彼との仲は三年経過しても進展していない。


私が学生なこともあり、ルイス様に異性として認識されていないのが原因かもしれない。


「エリーゼったら、あんな素敵な人に告白されて、なんで付き合わないのよ!

 もったいない!

 私だったらエメリッヒ伯爵令息に告白されたら、即OKするわよ!」


だったらレーアが付き合えばいいのに……と思ったが、口には出せない。


「うーん、エメリッヒ伯爵令息とは合わないっていうか……」


裏で貶すのは陰口を言ってるようで嫌なので、適当に答えておく。


「それだけ?」


だがレーアの追求は止まらない。


「他に気になる人がいて……」


「気になる人って誰? 

 もしかして何年か前に卒業パーティで婚約破棄騒動を起こしたあの先輩のこと!?

 確かルイス・クッパー子爵令息って言ったかしら?

 やめときなさいよ、あんな人。

 人前で婚約破棄されるなんてろくな人間じゃないわ。

 それにクッパー先輩って、あの年の文官試験最下位合格だったんでしょう?

 最下位合格じゃ出世できそうにないもの」


ルイス様の元婚約者が、何年か前の卒業パーティで騒動を起こしたせいで彼は有名人だ。


「あのね、レーア。

 ルイス様の婚約破棄騒動は、彼の元婚約者が独断で起こしたことで彼は被害者よ!

 それに彼が最下位合格になったのにも理由が……」


「ねぇ、中庭でワルフリート様が木に登っているらしいわよ!」

「なんで?」

「木に登った猫が下りられなくなったのを助けるためですって!」

「きゃーー! 素敵ー! 見に行かなくちゃ!」


その時、文官の女性が部屋に飛び込んで来た。


彼女は同僚に情報を伝えると、同僚と共にバタバタと部屋を出ていった。


「ちょっと今の聞いた?

 わたしたちも行くわよ!」


「えっ?

 私まだお昼ごはんの途中……」


「いいから行くわよ!」


友人は有無を言わさず私の手を掴み、私を引っ張って行った。




☆☆☆☆☆





中庭に出ると、大きな木の周りに群がる女性たちの姿が見えた。


木の上には女性たちの視線を一身に集める若い男性の姿と、黒虎の仔猫の姿が。


木の上にいたのはワルフリート・エメリッヒ伯爵令息。


伯爵家の長男で赤い髪に黄色い瞳の美青年……の部類に入るのかしら? とにかく女性からの人気はとても高い。


彼がいる場所から結構距離が離れているのに、ここまで彼がつけている香水の匂いが漂ってくる。


私はこの強烈すぎるこの薔薇のような香水の匂いが苦手なんだけど、みんなは気にならないのかしら?


「よしよし、大丈夫だよ。

 こっちにおいで」


女性たちがハラハラしながら見守る中、エメリッヒ伯爵令息は嫌がる仔猫を無理やり捕まえると、仔猫を抱きかかえて下りてきた。


無事仔猫を救出したエメリッヒ伯爵令息は、さながらヒーローのような扱いを受けている。


「エメリッヒ伯爵令息、かっこよかったわ!」

「仔猫の為に危険を冒して木に登るなんて素敵!」

「わたしキュンとしちゃった!」


彼の勇姿を見守っていた女性たちが、彼の周りに群がり彼に称賛を送る。


「いや、ボクは当然のことをしたまでだよ」


群れの中心にいるエメリッヒ伯爵令息が、はにかむと、周りの女性から「キャーー!」と黄色い声が上がった。


「彼、素敵よね〜〜。

 偉そうにしないところもいいわぁ」


私の友人も彼の笑顔にポーッとなっている。


彼は遠巻きに見ていた私の存在に気づいたようで、こちらに向かって手を振ってきた。


面倒なことになる前にこの場を離れよう。


「行こう、レーア。

 お昼休み終わっちゃう」


「見た! エリーゼ!

 彼、私に向かって手を振ったのよ!」


「それは良かったわね」


友人はとてもおめでたい性格のようだ。


この際彼が手を振ったのはレーアに……ということにしておこう。


そうすれば私が彼を無視したことにはならない。


私は友人の手を引き、仕事場に戻った。




☆☆☆☆☆





「不覚、お兄様から頂いたペンを落としてしまうなんて……!」


落としたとすればおそらく昼休み。


仕事場にも食堂にもトイレにも落ちてなかったから、おそらく中庭だ。


「あった!」


ペンを探すこと五分。


ペンは植え込みの奥に落ちていた。


おそらく誰かが知らずに蹴り飛ばして、ここまで飛んできてしまったのだろう。


「よかった。

 傷はついてないみたい」


ペンに傷がないか確認しホッと息をつく……そのとき嗅いだことのある不快な香水の匂いがした。


私はとっさに植え込みの影に隠れた。


「聞いたぜ、ワルフリート。

 お昼休みに木に登って仔猫を助けたんだって?

 女たちがキャーキャー騒いでたぜ」


「ああ、あれか?

 知ってたのか」


エメリッヒ伯爵令息とその友人の声だった。


彼の存在が近づいたことを教えてくれるので、あのきつい香水の香りもたまには役に立つ。


「昼休みにどっかのブスが『木に登った仔猫が下りられなくなったの! お願い助けて!』って言いに来たんだよ。

 『鏡見てから出直して来いよ、ブスが伝染る』って言ってやりたいぐらい酷い不美人だったよ。

 いつもならブスの申し出なんか聞かないんだけど、彼女に話しかけられた場所が昼間の食堂でさ。

 周りには上司や同僚がいるわけ。

 ボクは誰にでも優しい貴公子で通ってるだろ?

 それでブスの話を無視しようにもできなくなったわけ。

 だから、しょうがなく野良猫を助けたんだよ」


どことなく胡散臭い男だと思っていたが、ここまで最低な奴だったとは。


友人も同僚も彼の外面の良さに騙されてるわ。


「うっわぁ、女達には聞かせられないな今の話」


「言ったところで誰も信じねーよ。

 ボクは女性の前では完璧に爽やか好青年を演じてるからね。

 馬鹿な女共は簡単に騙されるわけさ」


「ひっでぇ。

 それで助けた猫はどうしたんだよ?」


「知らねぇよ、あんな小汚い猫。

 そのへんに捨てといたから、今ごろカラスにでも食われてるんじゃないのな?」


「うっわ、可哀相」


「可哀相なのはこっちだよ。

 あの猫を触ってから、体が痒いんだよ。

 あの猫にノミがいたのかもしれない。

 ボクの服にノミが付いてたりしたら最悪だ!

 あの猫のことを蹴り飛ばしておけばよかった」


「そこまでするか?」


「華麗なボクの服にノミを移したんだ、そのぐらいされて当然さ。

 まぁエリーゼ・ローレンシャッハ公爵令嬢にボクの勇姿を見せられたのは、僥倖(ぎょうこう)だったけど」


「ローレンシャッハ公爵令嬢って宰相の娘だろ?

 一度交際を断られたのにまだ狙ってんの?」


「当然だ!

 ローレンシャッハ公爵令嬢は、容姿、スタイル、身分、親の職業、どれをとっても完璧!

 顔が可愛いから連れて歩いても恥ずかしくない。

 パーティでボクを引き立てるいいアクセサリーになるよ!

 性格は跳ねっ返りだが、そこは付き合ったらボクがうまく調教するよ!」


あの男、私をそんなふうに思っていたのね。


それに仔猫に対して「蹴飛ばしておけばよかった」と言うなんて最低!


ゴミだわ!


どうしようもないクズだわ!


「お前に狙われたローレンシャッハ公爵令嬢に同情するよ」


「そこは『お前に愛されてるローレンシャッハ公爵令嬢が羨ましいよ』じゃないのか?」


「誰が思うかよ、そんなこと」


「そういえば、昼休みにこの辺にダサい万年筆が落ちてたんだよな」


「拾って届けたのか?」


「まさか、拾いに来ても見つからないように植え込みの方に蹴り飛ばしておいたよ」


「ひっでぇ。

 やっぱお前最低だわ」


「顔がいい男は何をしても許されるんだよ」


彼らは笑いながらそんな話をして去っていった。





☆☆☆☆☆




「何よ、あいつ?

 感じが悪い……!

 お兄様から貰った万年筆を蹴り飛ばしたのもあいつだったのね!

 その上、私のことをアクセサリー呼ばわりして!

 仔猫に対して『蹴飛ばしておけば良かった』なんて最低の発言をするし、絶対に許せない!」


あいつにいつか一泡ふかせてやりたい!


……と、それよりも今は昼間の猫が心配だわ。


無事でいてくれるといいけど。


私は植え込みの影から飛び出し、周囲を捜索した。


「猫ちゃ〜〜ん」


私も彼らと同罪だ。


誰かが保護したと思って、仔猫のその後を考えなかった。


「仔猫ちゃ〜〜ん」


昼間、エメリッヒ伯爵令息の登った木の周りを重点的に探したが、仔猫の姿は見つからなかった。


もしかしてすでに誰かに拾われている?


それともカラスや蛇に……?


ブンブンと首を左右に振り、否定的な考えを打ち消す。


「お兄様にお願いして、一緒に探して貰いましょう!」


一人で探しても見つからないなら、大勢で探せばいい。


宰相補佐室に向かって駆け出したとき、ドン……と音がして誰かにぶつかり派手に転んでしまった。


「大丈夫?」


ぶつかった相手が手を差し伸べてくれた。


「ごめんなさい。

 慌てていて前を見ていなくて……って、ルイス様!?」


私のぶつかった相手はルイス・クッパー子爵令息だった。


栗色の少し癖のある髪、黒真珠のような瞳の青年。


彼の容姿を地味と評する人もいるけど、私はそうは思わない。


きらきら光る少年のような瞳は叡智の光を宿し、緩やかに上がった口角は、穏やかで優しい彼の人柄を表している。


「エリーゼ嬢が慌てるなんて珍しいね。

 何かあった?」


私は彼の手を掴んで立ち上がる。


「ルイス様ちょうど良いところでお会いしました。

 仔猫を探してるんです。

 一緒に探していただけませんか?」


「仔猫? もしかしてこの子のことかな?」


ルイス様の内ポケットの中に、富士額の黒虎の仔猫がいた。


昼間、エメリッヒ伯爵令息が木の上から助け出した仔猫と同じ柄だわ。


「そう、その猫です!

 どこでこの子を見つけたんですか?」


「お昼休みにエメリッヒ伯爵令息が木の上から仔猫を助けた……って話を女性たちがしていて。

 でもその仔猫を保護したとか、飼ったという話を誰もしていなくて。

 もしかしたら仔猫は庭に放置されてるんじゃないかと思って、探しにきたんだ。

 他にもこの子を産んだ親猫や、兄弟がいるなら一緒に保護しようと思って」


ああ……この人は、私が思い至らなかったことに直ぐさま気づいて行動していたのですね。


「それで親猫や兄弟たちは見つかったんですか?」


「親猫は見つからなかったけど、この子の兄弟たちは見つかったよ」


彼の上着のポケットやズボンのポケットから、仔猫がニャーニャーと鳴きながら顔を出した。


仔猫は全部で四匹。


黒虎の仔猫が三匹。茶虎柄の仔猫が一匹。


「見つかってよかったです」


仔猫たちを無事に保護できたことに、私は安堵の息をついた。


「一匹足を怪我してるみたいだから、これから医務室に連れて行くんだ」


「私も一緒にいきます!」


ルイス様と並んで医務室までの道を歩く。


「ルイス様、仔猫を保護するとき誰か見てる人はいましたか?」


「いや誰もいなかったけど。

 もし近くに人がいたら、一緒に猫を探してもらえないか頼むし」


「誰も見てないのに仔猫を助けたんですか?」


「猫を探すのに誰かに見てて貰う必要ある?」


彼はごく当たり前のことのように言った。


「そうですね。

 猫を探すのに誰かに見ていて貰う必要はありませんね。

 仔猫のノミは気になりませんか?」


「服は洗うか捨てればいいし、それよりノミがいるなら仔猫が貧血になってないか、そっちの方が心配だ。

 小さい体で血を吸われたら長くは生きられないからね。

 医務室で手当てしてもらうついでに、ノミの駆除薬を貰わないとね」


「そうですね」


この人は仔猫を助けたことで、ノミが体についたことを嫌がる人じゃない。


仔猫がノミに血を吸われて貧血になってないか心配になるほど、優しい人だ。


文官試験の日に、試験に遅れることを承知の上で、眼鏡を無くしたお兄様を助けてくれた暖かい心の人だもの。


「その子たちを、これからどうするんですか?」


「医務室での治療が終わったら、家に連れて帰るよ」


「ルイス様の家って寮じゃありませんでした?

 寮で動物は……」


「あっ…………」


ルイス様は、寮で猫を飼えないことを失念していたようだ。


ルイス様は口の前に人差し指を当て、少しだけ困った顔で「寮長と宰相補佐には内緒にして」と言った。


「よかったら家で飼いますよ」


「本当に?

 それは助かる!」


「その代わり、時々家に猫の様子を見に来てくださいね」


「ああ、わかった」


これでルイス様を家に呼ぶ良い口実ができました。


「約束ですよ」


「ああ、約束するよ」


さり気なくお父様とお母様に、ルイス様を紹介しよう。


お兄様はルイス様のファンなので、サポートしてくださるはず。


その前に……。


「ルイス様」


「何?」


「好きです」


「俺も好きだよ」


ルイス様は全く動揺せずに答えた。


やった! 両思い!


でも意外ですわ。


ルイス様はピュアそうだから、私が告白したらもう少し動揺すると思っていたのに。


「仔猫のことだろ?

 俺も好きだよ」


ええなんとなく、そんな誤解をしているんだと思ってました……。


「そうじゃなくて、私が好きなのは…………」






真っ赤になったルイス様が「俺も……」と答えるのは、この数分後のこと。





☆猫の名前は、「ルー」「イー」「スー」「リー」。


「ルー」「イー」「スー」はルイスから名前を取りました。ローレンシャッハ公爵家で飼われています。


「リー」はエリーゼから名前を取りました。クッパー子爵家で飼われています。


☆口で言っただけではルイスもエメリッヒ伯爵令息も同じになってしまうので、もう少し別の伝え方をしたかったです。

 ルイスは日頃の行いがいいからエリーゼに信じてもらえた……ということにしておいてください。



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