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天命秤の交易人③ 戦闘


 呆けた顔の学徒が、星の描かれた天井絵を見つめていた。そのまま何も考えていないバカで有って欲しいものだ。


「ん?――やぁ、待ってたよナナシ。」


 俺はエルノアの顔を伺う。


「……本物だ。影武者でも何でもない。」


 男は座りながら落ち着いた表情でこちらを見ていた。


「何故、俺の名前を知っている。」


「――どうでも良いことだ、そんなことは!!……そうだろナナシ。悪神ガレスを倒した英傑の君が、命を狙っているこの僕が、何故だか君の前に現れ、呆然とここにいる。」


――それも、なぜ知っている。


 俺は交易人トレーダーの果てしなく見透かしたような眼を睨んだ。


「そう驚かないでくれよナナシ。情報こそ商人ボクらの武器なんだ。……少し話そう。君も近付いた方が殺りやすいだろ?」


 全く分からない。……こいつが何を考えているのか。


「ナナシ。」


 交易人へ歩み寄る俺をエルノアが止める。


「……大丈夫だ。」


 俺は手の甲を斬り、出血させたまま交易人へ近付いた。


「アルク・トレイダル……。」


「そうだよ、初めましてナナシ。――さて、君は何で僕を狙うのかな?」


 アルクの口角が上がる。全く動じていない様子だった。


「お前が持つ力がカルトを肥大化させ、奴らが巻き起こす災厄に大きく加担するからだ。」


「そうかい……。」


 アルクはハハッと笑い俯きながら笑った。


「君が言うなら、そうなんだろうな。ナナシ。」


「は?」


 そしてアルクはまた顔を上げ、哀し気に喋り始めた。


「ナナシ。少しだけ黙って聞いて欲しいんだ。」


「……。」


「僕はね、ずっと真面目な優等生だった。だから最期くらいは思い切ったことをしてやりたいと思っていてね。……というのも、僕は君に命を狙われたと知った時、僕の命が君に与える損害のどれほどに吊り合うのかを考えたんだ。そしてその最善は、何もせずに殺されることだった。」


「は……?!」


「間違いないよ。僕は誰かに認められるような人間じゃなかったけど、天才だった。……さぁ、もう殺していいよ。」


 理解が追い付かなかった。それでも俺は、短剣を振りかぶり、アルク・トレイダルの首を狙った。誤算だったのは、振りかぶったそれを振り切れなかったこと。


「……躊躇したね。ナナシ。」


 交易人は、俺の短剣の刃が首に当たったまま、顔色一つ変えずに話始める。


「この時、……二つの可能性が有る。一つ目は、君が攻撃をするフリをした時、反撃を誘発させようとした可能性。……もう一つは、君が良心の呵責に苛まれ戸惑った時、友達になれた可能性だ。」


「……は?」


 首からは血を垂らしながら、それでも心拍数すら平静のまま、アルクはずっと遠くを見つめた。


「君に声を掛けようと思っていたんだよ。」


 ひたすらに俺は、困惑していた。


「魔法を失いながらも、この学院で奮闘する君をずっと見ていた。そして陰ながら勇気を貰っていたんだ。商談に使うようなウソっぱちなんかじゃないよ?君の境遇を知ってるんだ。確かに僕の母さんはガレスの崇拝者で、マウスリィの凱旋日、街の塔から身を投げた。それはとても悲しかったよ。辛かった。……それでも僕は、ガレスを倒した君を正しいと知っていたし、君のことが憎いとも思わなかった。」


「……欺瞞だ。」


「――そう思うならそれでも良い。でも僕は思うんだ。この世に神がいるとするならば、確定的に言えることは、その神は悪神だってね。だってそうだろ?神はこの世界の理不尽を無くさず、貧乏人ほど苦しむような世界を産んだ。詭弁なんて興味無いんだ。本当に苦しい時、この世界に救いなんて無くて、神はその方法すらも教えてはくれない……。」


「――ナナシ!!」


 後ろではエルノアの声がした。周りを見れば、闘技場には生徒が集まり始めていた。俺はアルクの首へ刃を食い込ませる。


「なッ、何が言いたいッ!!」


「――言いたいも何も、僕は初めから殺せと言っているんだ。それが僕の命で吊り合う、君への最大限の損害なんだから。そして結局、君は僕を殺せる。救いは無いんだ。それでも……。」


 アルクは微笑む。


「君は僕の神様だった。」


「……何を、言ってるんだ……。」


 ただただ、焦りに手が震えていた。


「ナナシ。もしこの世界に神様がいなくて、人が人を苦しめているなら、人だけが人を救う唯一の希望だとするならば、"救世主メシアは神に成り得る"。僕の神様は君なんだ。」


 アルクは短剣の背へ手を当てた。


「ナナシ、もし次に会えたなら、商談でもしようよ。」


「何をっ………?」


「大丈夫。命乞いでも、気が狂った訳でも無いよ?人知の及ばない僕の妄想、天才アルク・トレイダルのただの夢物語さ。でもそうなれば、もしそれが叶うならば。僕らはきっと……」


 アルクは最期まで微笑んでいて、


「"天命"の中にいる。」


 そして鮮血が、宙を舞った。


「はっ………?あぁ……。」


 沈黙の後、誰かの叫び声が、星降る天井に跳ね返り、響き渡った。腕の中で倒れるアルクは、ピクリとも動かない。当たり前だ。死んでいる。自殺した。……死んだんだ。


『――ナナシ!!……チッ、最悪だ。――ナナシ、ナナシ!!』


 どうか、……俺の名前を呼ばないで欲しい。


『ノアズ・アークッ!!』


 エルノアの叫びと共に、キャラバンが壁に穴を開け闘技場へと姿を現した。俺はただ、呆然と、逃げるように去るだけだった。






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