天命秤の交易人①
「まさか、魔術学院に戻ることになるとはな。」
「良かったじゃないか、あそこなら殺したい相手も一杯いるだろう?」
笑えない冗談だ。
「俺のことを何だと思ってるんだ。それに、殺したい奴なんて一人もいない。……殺すべき相手だから殺すんだ。」
今までも、これからもそうだ。
「そうだな。悪かった。……"天命秤の交易人"は君と同じ魔術学徒だ。それ故に死霊姫とは違い素性がかなり割れている。しかし事は往々にして、一筋縄ではいかないものだ。」
「……今度は何がやばい?」
「彼の賢さだよ。交易人は学徒で有りながらプロのトレーダーとして活動している。そんなことが出来るのかは知らないがね。」
……1回生かつ外で活動しているなら、特待実習課程者。エリートだな。
「魔術学院なら珍しくは無い。乱暴な学校だからな。まぁしかし、それも2回生からっていうのが慣例だ。」
「ふむ、ふん?……うん、まぁ学院のことは良く分からないが、名の売れた家の商売というものには、賊対策として定まった二種類のやり方があるらしい。一つ目は名前と武力を誇示し多勢を押し付けるタイプ。二つ目は名前を隠し知力で戦闘を回避するタイプだ。しかし。標的のお家はトレイダル家。こいつは両方を使い分ける一番厄介なタイプ。頭が切れて力も有る。そして彼は今や、トレイダル家の次期当主として、当主の代わりに動いている。君はこの意味が分かるか?」
……難儀だ。相手は一人ではなく一族。街レベルの武力。
「いいや、国レベルだ。」
エルノアは頬杖をつき、微笑んだ。
「俺の心を読むな。」
「――断るッ。というか不可。」
腹立つ魔女だ。
「作戦は有るのか、交易人に合わせるまでがお前の仕事だろ。」
俺は溜息を一つ吐き出し、偉そうに座るエルノアを見上げた。
「うむ、一つ有る……。ヒット&アウェイだ。商談のフリをして彼に近づき、刺したらキャラバンへ戻って来い。後は地の果てまで二人で逃げよう。」
クソみたいな作戦。
「お前と心中なんてゴメンだ。」
「安心しろ、全ての作戦が終わればフェノンズが陰ながら君を保護する。世界は君の味方なんだ。全てが終わるその時にはな。」
――陰ながら、か。ふざけるな。
「ふざけてなんて無いさ。ボクは圧倒的"自信"と、君と心中する"覚悟"を持ってここにいるんだ。ボクらには、成すべき使命と大儀が有る。そうだろう?そうだと思うならさっさと行こう。魔術学院から出た、トレイダルの所在を探しに。」