永遠の放浪者③ 戦闘
「良い匂いがするね……?」
言葉の柔らかさとは裏腹に、感じたのは圧倒的な殺意であった。俺は鞘から短剣を抜き、斬撃を飛ばす。少女は陰湿にケラりと笑い、その斬撃をかわして見せた。
「ナナシッ……!!」
「下がれ、エルノア。」
反撃しなければ殺されていただろう。キャラバンは中からの衝撃で穴を開けた。しかし、命が有るだけ儲け話だ。
『ノアズ・アークッ!!』
エルノアはキャラバンから魔力をシャットアウトし、壁から伸ばした木材の腕で一方的な拘束を試みる。しかし次々に伸びるキャラバンの腕腕をも少女はまたケラりと笑い、鮮やかにかわし、扉を開けて飛び出していった。
「クソッ……。」
エルノアは呟く。しかしキャラバンを壊されては堪らない。
「――いいや良くやった。そして最後だ。……間違い無いな?!」
「あぁ、間違いないよ。奴こそが討伐対象{永遠の放浪者}。……終わらせよう、ナナシ。」
俺はキャラバンの外に出て、光を失ったその瞳と視線を交わす。
――――――――
{第19層・地中の星空『星天境』}
「……ねぇ、あの良い匂いは食べれるの?」
第一印象、気味の悪い奴。
「でもプーカは食べれないんだ。……戻しちゃうから。ねぇ、なんでプーカは不幸なの?……パパは何処?……ママは何処?……プーカって誰?……本当の名前は何?」
第二印象、可哀想な奴。
「――不幸にしたのは誰ッ!!?」
第三印象、絶望。
「……あぁ、ナナシの腕壊れちゃった。」
瞬きを挟めば、少女は俺の背中にいて、右腕の義手をプラプラと掴んでいた。
「返せッ……!!」
俺は太刀を抜き少女を狙う。
「いいよ。いーらないッ!!」
少女はまた身をかわし、俺の腕を放り投げた。全くもって常軌を逸している。
『神威ッ!!』
俺は義手を切断面に合わせ、エルノアがそれを魔法で接続させる。そして俺は悟った。――躊躇していれば、死ぬ。
『戦型・黒虎。・・・一閃ッ!!』
三年かけて磨いた大技。戦型白虎の速度に、玄武の継戦能力×破壊力を合わせた大振りの居合。
『――死獣一閃ッ。』
その返答はまさかの、形どられた美しい、見ず知らずの戦型剣術であった。抜かれた居合の刃は交り、一瞬気圧された後、恐怖が背筋に走る。刃と刃の接触面が押し合うようにギチギチと滑る。全感覚が研ぎ澄まされたこの身体で、放浪者からは、湿気も体温も匂いも息遣いも、何も感じ得なかった。俺は接着剤を剥がすような鍔迫り合いの末に距離を取り、叫ぶ。
「お前は一体、何者だッ!!」
「――プーカにぃ教えてよッ!!」
その刃は怒りか、憎しみか、哀しみか。
……彼女には誰もいない。だからこそ見つからなった。きっと孤独な旅路に俺と出会った。そして今、殺し合っている。現実とは何だ。それは孤独で哀れで凄惨で悲劇で救いがない。弱者の俺には、無知な俺には、現実を変える術がない。だからただ、殺し合うしか能がない。
「お前は悪だッ!!生きていちゃいけないんだッ!!」
「――なんでだよッ!!」
飛ばした斬撃が交り合い、プーカは黒い靄のような針のような、言い知れぬ固形物を飛ばした。それが何の魔法か定かではない。確かなことは、避けなくてはいけないこと。そしてそれが、とても速いということ。
「いづアッ……!!」
一抹の安堵の矢先、加えてそれはホーミングし、俺の身体を穿った。熱が広がる。燃える様に熱い血がシャツを濡らす。
「――誰もプーカを止めれられない。プーカは孤独、プーカは一人。ねぇ、プーカは何故生きているの?ねぇッ!!答えろよッ!!」
靄の針は鋭い痛みと共に身体を蝕んでいく。刺さった所の感覚が無くなり、強烈な痛みは波状に浸食していく。
「うるせぇッ!!」
痛みをかき消すようにただ走る。交り合った斬撃の数を幾度となく増やしていく、何回も打合う。何回も何回も、何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も……
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!!
「――何度も何度も、しつこいなあ!!」
筋繊維が悲鳴をあげ続けた矢先。そいつは痺れを切らしたように黒い靄を全身に纏い、宙へ浮く。それは何か凶悪な瘴気を集めているようだった。対して俺も酸欠。握力も低下し、限界が近付きつつあった。
「プーカが死ななくちゃいけないなら、楽しんで死ぬんだッ!!」
狂気の叫びを受け入れながら、木製の手を短剣で抉り、抉った穴を胴体の黒い血が固まる裂傷にあてがい、じんわりと魔力を蓄積させ、やがて暴走させる。
「エルノア、力を貸してくれ。」
「あぁ。」
暴走させた緑色の魔力を、飛び散る鮮血と共に渦巻かせ、凝縮させる。……ひたすらに、吹き飛びそうになる右手を抑えつけ、構えを取って永遠の放浪者を待つ。
『――アハハハハハあははあははははッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
プーカはやがて瘴気の塊となり、高い質量が絶対零度の悪寒を纏いながら、隕石の如く星天より無数に分裂して降り注いだ。俺は息を呑んで右手の緑と赤に混じった、輪郭の朧げな球体を構え、
『――カノン・大樹塊ッ!!!』
振り抜くように魔力を爆散させぶつける。上からの絶望的な重さ、衝撃波、痛み、苦しさ、そしてそれを消し去るほどの右腕の熱さ。星天の闇が、絶望の靄が、立ち込めるその全てが閃光に呑まれ、吹き飛んだ時。俺は意識を失った。




