絶対無双の狂戦乙女③ 戦闘
絶対無双の狂戦乙女。血に染まった赤髪を靡かせ。彼女はその名に恥じぬ戦いを見せた。
重装を身に付けた4mはある太った巨兵を片手に振り回し、雑兵が裂けるように拭き飛んでいく。400kgは優に超すであろうその遺体を剣とみたて、あるいは投擲武器とし、また武器を変え、得物を変え、狂ったように戦線を切り拓く。しかし彼女はただ、狂戦士のように暴れているワケではなかった。俯瞰で見ていた俺達にはハッキリと、奴が集団戦の中の核となるような場所に狙って移動していることが理解できた。雑兵を薙いでは血の雨の中を俯き、冷静に思考してまた己の戦を始める。その出で立ち、士気の高揚、軍旗のように印象的な存在感。
これが彼女が、バーサーカーではなく、ヴァルキリーと呼ばれる理由。
死霊姫や交易人と比べて優位が有るのは、その戦いぶりを一方的に垣間見えた事に有る。しかし結論から述べれば、そんなものには意味が無かったのだと理解しただけであった。絶対無双の狂戦乙女。彼女が絶対無双である所以。それは、戦法の柔軟さに有った。
「惨いな。……君なら、この戦争を止められたか?」
碧々とした短草が、潮のような鮮血を全身に浴びる。アドスミス平原は、この数時間で黒く真っ赤な沼のように、その色を代えてしまった。
「知らない。」
俺はただ、目の前の戦いしか見えていなかった。呼吸を深く整え、装備を確認する。
「……そうだな。この世には無能な指揮官が多くいるが、戦争は彼らの意志で有り本望だろう。そして災厄とは、より理不尽な世界を産み出す歴史。この戦争で落ちた首の数よりも、奴の首の1つの方が、今は大事だ。」
――――――――
{焦げたアドスミス平原・『戦場』}
黒煙と燃え盛る赤に、大地が陰る。
『退くぞ。』
人草を薙いだ平原を背に、死体の中を奴らは歩く。
「待て。」
対、絶対無双の狂戦乙女戦。奴は俺の声に振り返り、ボロボロの雑兵は槍を構えた。舞台は整っている。呆れた様に俯き、象徴的な赤髪は、右手の剣をカチャリとならした。
『……貴様は。』
「ナナシ。――お前をただ、殺しに来た。」
雑兵のザワつき、それを片手で抑える狂戦乙女の左腕は、機械武装に包まれていた。
「生憎だが、戦争は終わった。哀れなその命……、無駄にするな……。」
彼女は疲れた様に、しかし強かに俺を睨む。
「黙れ。ただ武人の名の下に戦え。……お前は多くの兵を殺し葬って来た。俺はその呪いの集積だ。故に逃げるな。ただ戦え。」
俺は杖弓を左手に、短剣を右手に構え、左手の甲を斬り裂く。
「……脳無しめ。良いだろうッ!!――我が名はエリザベス・アドスミスッ!!お前の命、葬り去ってやろう。」
アドスミスは二刀の大剣を構え、兜越しに俺を睨む。脳無しはどっちだ。いいや、違う。脳無しは後ろの馬鹿共だ。仲間一人を戦場に立たせ、何もしない体たらく。いつだってそうだ。この世界に救いなど無い。空気が痺れを切らしたように揺れた。
『戦型白虎・一閃。』
俺は短剣を鞘に納め、居合の踏み込みを見せながら、ハァと息を吐く手前で不意を突くように杖の光弓を一矢放つ。
――ヒュッ
甲高い風切り音が、沈黙した空気を裂いた。
「小癪……」
アドスミスは左の大剣で矢を落し、俺は僅かに生まれたその隙に一太刀を狙う。
「軽薄だな。」
そう呟くと彼女は右の大剣で地面を叩き、衝撃波に魔力をのせた。俺は左甲の血をばら撒きながら後ろへ回避する。
「うるせえよ。」
回避行動を決めたあの一瞬で燃える様な熱さが全身を襲った。魔力増幅。身体強化。言葉で表せばシンプルだが、その攻撃パターンは無限に等しい。俺は退いた先で杖を構え、矢を放つ。速射かつ連射。しかし、合わせるように間を詰められる。
『地砕き。』
そう彼女が呟き悪寒が走る。走馬灯のように時間がピタリと止まった後、一瞬の殴打するような斬撃で、今立っていた大地がバックリと抉られていく。
「くぅ」
飛来する衝撃波はまるで爆風のようだった。
しかし、
かわしてしまえばやはり、隙がデカい。
『――白虎乱舞ッ!!』
気圧されながらも命を剥き出しに踏み込み、水平に回転しながら二連、加えて上下に二連、可能な限り斬撃を加え手数を増やす。しかし特殊な黄金の武装の前に、文字通り歯が立たない。鎧と言うには局所的で、紋様のように複雑で、それはまるでガラス窓のように薄かったが、刃が通らなかった。
「チッ……、どうなってんだそれ。」
右腕は反動でピリリと痙攣した。アドスミスは大剣を手放し、大太刀を抜いてから応える。
「鎧は、私が鍛えた金属で出来ている。この太刀もそうだ。この機械武装も同様。いいかナナシとやら。戦とは命の鍔迫り合い。私は私欲の為、或いは無理強いされて戦う連中とは格が違う。全生涯における鍛錬を祖国を守るこの一瞬の為に捧げてきた。この瞬間こそが、我が人生を体現する。」
風が大きく変わる。
「そうか……」
砂利の混じった生唾を飲み込み、俺は思考を巡らせる。この武人を体現した相手に【神威降ろし】を使えば、限界値を見破られ時間を稼がれるリスクが有る。時期尚早。まだ、足りない。
「貴様の生き様は伝わった。認め、敬意を評そう。」
しかし戦況の天秤は、確かにその針を傾けようとしていた。
『我が名は、エリザベス・・・不屈不敗の、絶望と知れ』
アドスミスは静かに吠える。機械武装は息を吐くように煙を吐き出し、彼女が纏う気迫が変わった。
(【デウス=エクス=マキナ】機械武装・極型
詳細:古代技術を集積させた機械武装の最終決戦形態。それ以外、不明。その技術は隣国国家によるアドスミスへの侵攻理由であり、アドスミスにおける最重要国家機密。絶対無双の狂戦乙女が、戦争を続け、人生を捧げた理由の全て、屍を量産した理由の全て、殺し合いの体現である。)
美しい絶望が、血の匂いを纏わせる。
「本気で行くぞ。」
「初めから来いってんだ!!」
彼女は踏み込み斬撃を放つ。続けて両手を広げ形成した無数の岩石を投射した。遠距離用の連撃。避けるしか無い。初手の斬撃が最も早く危険だ。短剣でいなし、ステップを交え左前方に岩石をかわす。しかし、岩石はホーミングだ。完全に目で追われている。これが続けばワンサイドゲームだ。俺は岩石をかわしながら、反時計回りに距離を詰める。
「やるな。」
上からの物言いだ。しかし確かに中々距離は縮まらない。俺は左手の杖を構え光弓で牽制する。奴は簡単にそれをいなし、カウンター代わりの斬撃を放つ。
「そんなものか。」
「図に乗るなよッ!!」
短剣で斬撃を返す。相殺とまではいかないが、距離を詰めるキッカケとして充分。俺は刃に魔力を纏わせ、更に三枚追加で斬撃を放ち、剣身にもう一度魔力を纏わせる。
『薔薇裂』
返答は大刺剣の連撃だった。敢え無く距離を取り、再度距離を詰めるが、その一撃は棘の様に鋭く切っ先を伸ばし連突する暴れっぷり。再三変形した刃は俺の胴と左膝を浅く掠め、血が舞った。凶悪なのはその間合いである。短剣使いに対して最もやりづらい戦型、速くて遠い剣捌きだ。
「義足か。面白い……。私が勝ったらその技術を貰おう。」
「武人の癖に死体弄りか。頂けないね。」
俺は服に付いた土くれを払う。
「ふん。……ならば。お前が私に勝てば、脇差しの業物をくれてやる。」
彼女はそう言って、左腰の刀を見せた。
「いらねぇよ……。」
「そう言うな。」
日が暮れかけている。決着を付ける気だろう。雰囲気がまた変わった。
「チッ……、まぁ待ってくれ。はぁ……、もう少しで見切れそうだ。」
「なら終わらせよう。」
アドスミスは大太刀を両手で構え、機械武装をプシューと鳴らし地面へ落とした。電池切れであるとか燃料切れであるとか、そういった類の解除ではない。彼女の周りの瘴気が揺らぐ。まるで呪いを操るかのように、周囲の血沼はグツグツと踊り、屍はピクピクと揺れている。その不気味さをギリギリでアドレナリンが吹き飛ばす。俺は左手に短剣を持ちかえ、杖と共に掴み、右手には落ちていた刀を拾い、刀身の脂を服で拭った。切れ味の落ちた鈍が銀色に光る。
「ならば、一つ聞きたい!!死ぬ覚悟は有るかッ!!」
俺は叫んだ。
「無い。――平和が来たるその日まで、絶対に死ねない。例えこの無双の刃身で、眼前の命を狩りつくそうと。私は死ねない。私は死なない。」
彼女は応える。そうか……エリザベス・アドスミス。
「最悪の答えだッ!!」
左手の裂傷に触れ神威を使う。成功率は幾らだ知らんが。この一撃に全てを懸ける。
「来い。」
狂戦乙女は吠え、真正面から全速力で距離を詰める。戦型白虎は攻めの剣技だ。踏み出す一歩、近付く間合いはもうこれ以上、巻き戻ることは無い。俺は光矢を放つのと同時に、魔力の全てを解放させた短剣を彼女へ投げ、右腕のアンカーガンを最後に射出する。
『――朱骸・無双連舞!!』
刹那、血にまみれた戦場の無数の刃が巻き上がり白刃が集まる。その柄一つ一つを亡骸の白みがかった亡霊が掴んでいるかのように、靄が揺蕩い殺意を放つ。俺は、いとも簡単に矢をいなすアドスミスの高速の刃へ、骨まで刻まれる覚悟で距離を詰め、身を投げるために膝を畳む。
『戦型・白虎――』
右手の鈍を構え振りかぶる。
『一閃ッ!!』
そして理解する。速さも強度も全てが一線を画す一撃が、絶望的に迫って来る。神威を使った高速の一閃ですら、見切られたとそう分かる。
「まさか....」
彼女はそう呟くのと同時に、俺の右腕を吹き飛ばした。
……鮮血は空を舞う。鈍ごと腕は飛ぶ。そして俺はもう一つ、義足の左脚で地面を踏み抜き、アンカーガンで回収した短剣を、伸ばした左手で掴むや否や、そのうなじへ振り被った。
『ア”ァ”ッ!!』
外せば死ぬ、断ち切れなければ死ぬ。この喉から声を捻り上げて全身の力を込めた必死の一撃。鎧と兜の及ばない首を最高速で斬り裂く。全てを懸け、命を懸けて。捻じ切る様に
「ふっ……」
肉を断つ。
彼女は口角を上げ、その首は宙を舞った。
――ゴンッ。ゴロロ......ッ。
兜を纏った頭が、地面へ落ちた。雑兵のうめき声が聞こえ始める。この時点で戦線は変わる。第二戦線。無限の兵士たちが横並びに走り出した、弧の一線。
『――動くなッ!!』
俺は脇差しの刀を抜き、それを掲げて見せ示した。
『英雄の面を、……汚すんじゃねぇよ。』
枯れかけた喉を震わせる。卑怯だとは言わせない。彼女は言ったのだ。勝てば刀をやると。俺はアンカーガンを装着していた泥だらけの右手を拾い、刺すような視線を背に、キャラバンへと歩いて帰る。疲れた。今、ひしひしとそう感じられるから、この戦いは終わっているのだろう。




