第12話 冴子(サエコ)(3)
「いや、それはわかってるって。でも、こんな武器ともいえないもので……」
無駄だとはわかってはいるが、一応断りを入れてみた。
「だって、それしかないでしょう? 他に方法がある? 言ってみなさい。馬鹿なの?」
当然だが、冷たくあしらわれる。
瑞穂がこの手のことで、俺の言うことを聞き入れることはほとんどない。
「……確かにそれは仕方がない。だけど、瑞穂。何だか人数が少なくないか? 四千人超えているんだから、もう少し人を集めてからでも。それに運動部の人たちがもう少しいたら……」
そう言いながら、周りを確認した。
四千人を超える学校関係者がいるのにもかかわらず、この計画に参加した人数はそう多くはない。
さらに私立ファクト学園大附属黎明には全国大会常連の運動部が複数あるのにも関わらず、それらしき屈強な肉体を持つ者の姿は見当たらなかった。
彼らの中から選抜すれば、それが例えモンスターだとしても普通に相対することが可能であるはずなのに、その彼らがこの計画に参加していないのは少し不自然に思える。
瑞穂が運動神経が良いことは知っているが、彼女ひとりで全部解決できるわけもない。
「ああ、瑞穂さん。荒戸の言う通りだと僕も思う。せめて春日……は知らないか。とにかくバスケとかやっている奴あたりを連れてきた方が役に立ったんじゃないかな? 僕たちみたいな帰宅部じゃ、あんなの相手にできないよ」
頭を軽く降りながら、三船も俺の意見をサポートする。
「さっき、二階堂先生が声をかけていたけどね。一年生にやらせろとごねていたわ」
瑞穂はそう言うと、次に麦の方へと顔をやった。
「やれやれさね。ねえ、瑞穂っち」その場にいたのか、麦が呆れ声を出す。「その一年の中でも部からは人を出さないと言っている教師もいたからね。意味不明だったじゃんね」
「麦さん。それはたぶん怪我をさせるのが嫌だったからではないかしら」
羽峰が推察を述べる。
確かに彼女の言う通りであれば、多少合点はく。
全国大会の予選、本戦のことを考えたら、今は怪我を避けたいであろう運動部がこの計画への参加を渋るのもわからないことではない。
彼らは元の世界に戻れる前提で物事を考えているのだ。
誰だって怪我はしたくないが、特に彼らの場合、ひとつの怪我でその後の競技人生を終えてしまう可能性がある。
それを鑑みれば、俺たちより臆病になることは必然かもしれない。
こうなると部活顧問の先生たちも、役に立たない可能性がありそうだ。
今後の試合でひとつでも多く勝たなければならないのに、肝心の試合時にチームの頭脳である監督が負傷で欠場では洒落にならない。
「まあ、そうさね。青春だから仕方ない部分もあるわな」
麦が溜め息を吐きながら言う。
「でもね、麦さん。状況が状況だから、もう少し協力してくれても良かったんじゃないかと……」
そう瑞穂は述べると、少し下を俯いた。
「瑞穂先輩の言うことはもっともだけれど、明日帰れるかもしれないわけだし……」
羽峰が歯切れの悪い言葉を返す。
「キャンシーに頼んで、何かアドバイスをもらおうよ」
今思いついたかのように手をポンと叩きながら、涼風はその場にいる全員にそう呼びかけた。
確かにあの機械だったら、何か役に立つような情報をくれるかもしれない。何しろ、電気やガスさえ供給できるようにした遺物を持っていたくらいだ。生物を倒せるくらいの物をキャンセルが懐に隠し持っていてもおかしくはない。
そう思った俺は、
「ああ、だったら俺がキャンセルに訊いてみるよ」
と、その役割を買って出た。
だがすぐに、あれ? と自問する。
前を見たところ、視界に入ったのは二階堂だけでキャンセルの姿はどこにもなかった。
急いで意気揚々とキャンセルから受け取った筒を振り回しながら、先を歩く担任に並びかける。
「二階堂先生。キャンセルはどこに行ったんだ?」
と、声をかけた。
「きみの後ろにいるよ」
二階堂そう告げると、視線を俺の背後へと送る。
「え、後ろに……」
それを聞いた俺は、すぐに振り返った。
二階堂が述べた通り、キャンセルはそこにいた。
いつもながらに薄気味悪いやつだ。
神出鬼没のレトロ・ロボットを視界に入れた俺は、何はともあれそう思った。
当のキャンセルは、
「荒戸悠斗。僕に何か用かい?」
と、俺と目が合うなり尋ねてくる。
そして、すぐに俺が使えそうな遺物があるか確認したところ、
「道端に落ちている遺物はガラクタばかりだっただろう。その中には、役に立ちそうな物はなかったよね。だから、きみたちで何とかするしかないんじゃないかな」
と、無益な情報を返してきた。
「対応……俺たちで対応しなければならないということか。でも、人もこんなに少ないし、あんなのに俺たちが持っている武器で対応できるのか?」
頭を軽く振りながら、尋ねた。
少し先でのそりと歩いている牛タイプの生物は、まさしく牛サイズの大きさだった。
大人しいとはいえ、そのような巨大な生物を俺たちのような普通の人間で相手にできるのかは不明だ。
鍬しかないことはもちろんだが、例え剣などの武器を持っていたとしても、牛一頭でさえ暴れ狂うと手がつけられないはずだ。
さらにその周囲にも同じ型の生物が数体蠢いている。そいつらに徒党でも組まれたら厄介この上ないどころか、一網打尽にされる可能性もある。
「心配ないさ」
キャンセルの代わりに、二階堂が即答する。
「何を根拠にそんなことを……?」
俺は、曖昧な物言いながらもそう確認した。
「当たり前じゃないか、荒戸。これくらい世界では常識だよ。きみは牛狩り祭とか知らないのかい?」
と訊き返してきてから、キラリとした笑顔を見せる。
そんな祭り、誰も知るわけがないだろう。いったいこいつはどこの国の話をしているのか。
反論する気さえ失った俺は、やれやれとその場で頭を振った。