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第11話 冴子(サエコ)(2)

 両端は芝生、通りは土の道。先刻から延々と同じ風景だ。

 道端にたまに遺物らしき物が落ちていた。ガラクタのように見えるそれに何か能力があるものかもしれないと思って触れてみた。だが、特段何も起きなかったので、また元の位置へと戻しておくことにした。

 この分だと至るところにあるはずなので、帰り道にでも持ち帰れば良い。みんなそう判断したのか、ポケットや鞄にそれを入れようとする者は皆無だった。

 先へと道を進む度に、牛のような生き物の数が段々と増えてきた。近づいても、俺たちに怯えた様子もなく、また襲いかかってくる気配も見せなかった。瑞穂がモンスターではないと食堂で言っていた理由が少しわかったような気がした。


「……キャンシー。あれって食べられるの?」

 突然、涼風がこの場にいないはずの機体の名前を出し尋ねた。

「キャンセル? どこにいるんだ?」

 そう彼女に確認しながら、背後へと振り向いた。

「涼風桂。それは僕にもわからないよ」

 黙って俺たちの背後についてきていたのか。薄気味悪いやつ。

 その先にいたキャンセルの顔を視界に入れながら、俺はそう思った。

 手に遺物だと思われるピンクのペンキのようなものがところどころ塗りつけられた黒い筒のようなものを持っている。何に使うのかは不明だが、特段彼の方からそれについて説明するつもりはないようだ。

 涼風が言ったキャンシーというのは、キャンセルのあだ名だ。昨晩の触れ合いを契機として、いつの間にか女子生徒の間ではその体を表さない名で通っていた。


「だけど、僕がどう思っているかは伝えよう――あのきみたちにとっての牛のような生き物は、きみたちの生態系にマッチしそうではあるね。あの形できみたちに有害な毒をもたらすことはないはずだ」

 キャンセルが心もとない言葉を吐く。

 おそらくはAIが搭載された機械のはずなのだが、そう優秀なわけではないらしい。

「どんな性格をしているの?」

「見たままじゃないのかな。きみたちを襲ってきたりしないんだから」

 キャンセルは、参考にならない見解を述べる。

「キャンセルって、データはあまり持ってないのね」

 羽峰が俺が思ったことと同じような感想を吐露した。

 彼女はその性格からか、この機体をあだ名で呼ぶことはないようだ。

「その丸っこいのが、キャンセルなんだね。まあ、知らないって言ってるんだから、こうしていても仕方ないさね。どうするん?」

 麦が誰ともなく尋ねる。

「麦さん、もうここまで来たらやるしかないよ。何にしても食糧は必要だし。嫌でもあの動物を屠殺しないと、4000人の食糧は賄えないわ」

 瑞穂はそう言うと軽く溜め息をついた。

 しばらく戻れないという想定の元でのこの発言だろう。

 だが、もちろん俺の一存でこの世界から戻ることはできる。


 彼女の困った顔を見るのは、久しぶりだった。

 強がってはいるが、瑞穂は怖がりだ。

 動物を殺すのだって、夜手洗いに行けないくらいの経験になるに違いない。

 泣きながら牛のようなあれの皮を剥いだりするのだろうか。それとも肉を食う時に吐いたりするのだろうか。トラウマになって、二度と俺に暴力を振るえなくなったりするかもな。

 あれこれ想像しながら、いい気味だと内心でほくそ笑んだ。


 キャンセルはこれで話が終わったと判断したのか、先頭にいる二階堂の元へと向かっていく。

 先ほどの筒を二階堂に手渡しながら、何やら相談を始めた。

「おーい、この辺で狩りを始めよう」

 と束の間の後、その二階堂が声をかけてくる。

「了解、先生。計画通りね」

 瑞穂が大声でそう返す。


「おお、松宮。その通りだ。みんな気をつけてな。いざとなったら先生が助けにいくから怪我をしないように」

 二階堂は全員にそう呼びかけた。


「……悠斗、そこの三船君を連れて背後に回って」

 瑞穂が何やら指示らしきものを送ってくる。

「どうするつもりなんだ?」

 何はともあれ、意図を確認する。

 彼女がやることだから、どうせ碌なことではない。

「勘が鈍いのね。相変わらずといったところかしら。後から刺せって言ってんの」

 瑞穂は目を細めながらそう言うと、俺と三船の背中を押した。

 やはり碌でもないことだったようだ。

「え? 後ろ……背後から攻撃しろってこと?」

 手にしていた粗末な農作業具を指で示しながら、三船が真偽を確かめる。


 俺たちが道中運んできたフォークのように刃の先が3本に分かれている鍬は、校庭の外に行く途中門の前に大量に立てかけられていたものだ。

 どういった理由でそこに置かれていたのかは不明だが、この計画に先だっておそらく二階堂辺りが農業科にかけあったのだろう。

  もちろんその場で役に立たないと思ったが、素手で大型動物に対抗するのは難しいと判断し、仕方なく持ってきた。


「いや……それは、ど、どうかな」

 三船はしどろもどろになって、何となく拒否しようとする。

 当然ながら、何で俺がといった表情をしていた。

 瑞穂の免疫がないので、この反応は致し方ない。だが、聞くまでもなく瑞穂は俺たちにやらせるつもりだ。

「鍬なんかであんなの殺せるのか?」

 三船の肩に手を置きながら、瑞穂に尋ねた。

「やるだけやるしかないじゃない」

「だったら、瑞穂がやればいいだろう?」

「女の子にやらせるつもりなの? 悠斗。それに前で囮になるのは私たちなんだから、いいでしょう……さっきも言った通り、その隙に背後から刺して。何にしても、これは命令よ」

 歯切れの悪い感じで、瑞穂が言う。

 そんなものであの牛のような生物を仕留められるとは、彼女も思っていないのではないか。

 彼女の態度を見た俺はそう訝った。


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