05 (DL)
倉庫…。
「おっ来たか…新人だな…。」
倉庫の中に寝かされているDLを整備しているツナギ姿の屈強な男が出入口から入って来たナオに対して言う。
「ええ…ナオです よろしくお願いします。」
「どんなヤバイ奴が入って来るか 気になっていたが、意外と礼儀正しいな…。
施設科出身の山本だ。
一応 整備と土木工事が専門…よろしく頼む…。」
施設科…自衛隊の工兵か…見た目からして30ちょい位だろうか?
「ええ…こちらこそ…それで DLの整備責任者に会いたい…。
確か、ニックだったかな…。」
オレは ヤマモトと握手をしながら言う。
名前的には 日本人では無いが、ここでは 服役 経験者の数も多い。
その為、犯罪者時代に呼ばれていた名前やニックネームを使われている事も多く、本名で無い事も多い。
社員全員の本名を把握しているのは 社長のミハル位で、その次に銃の管理をしている マトイになるだろう。
「ああニックか…おいニック…。」
「は~い…6秒待ってください~。」
ニックは男の名前だってのに、声の音が高い 子供の様な声が聞こえる。
まさか子供が整備責任者な訳 無いだろうし…。
6秒後、DLの作業を切り上げたニックは こちらにやって来る。
「は?」
そいつは、男でも女でも まして子供でも無かった。
太っている比喩では無く、言葉通りのドラム缶の様な身体に タイヤが付いた蜘蛛の様な足が4本…排気ダクトを思わせるギザギザの腕が付いていて、上部には 液晶ディスプレイが付いていて、顔文字が表示されている。
明らかにロボットだ。
「あなたが ニックさんですか?」
「ええ…私が ニックです。
DLの整備責任者をしています。
驚きましたか?」
「ええ…とっても…。
なるほど…事情は 理解出来ました…よろしく。」
技術国家『トニー王国』の生活を支える奴隷の様な…通称は見た目通り『ドラム』だ。
「はい、こちらこそ…。」
オレは ニックのマニピュレーターを掴み、握手をする。
その手は器用にオレの手を適切な握力で握り、人に近いレベルの手を持っている事が分かる。
北大西洋のど真ん中にある いくつかの小島からなる国家『トニー王国』。
そこには『好きな時に遊んで、潤沢な予算で好きな研究がしたい』と考える研究者達が 国民の大半で、彼らは『手を抜く事には 手を抜かない』と言う 非常に優秀な怠け者の為、自分達の面倒な仕事を任せられる 機械を次々と発明して行き、今では 軍ですら 機械任せにして しまっている。
その為、自分達が好きな 娯楽や研究に専念する事が出来るようになり、技術開発速度が飛躍的に向上し、世界トップの技術国家となった。
倉庫内で 整備されている4.5mの人型重機 DLも その国が開発した物で、第二次世界大戦まで 他国と関わらず、独自の兵器システムを作り上げてしまっていたので、通常の国家だと運用規格が合わず、パーツ調達が出来ないと言う 外国だと非常に運用しにくい機体になってしまっている。
そう言った理由で この会社は トニー王国からDLの整備に詳しい技術者を雇い、こっちは 労働力を提供しつつ DLのメンテナンスや兵器運用のノウハウを学習して行く と言う形にしたのだろう。
「見た所、6機…1個小隊の運用みたいですけど これで戦うんですか?」
「一応、それも今後のプランとして想定は されているけど、今は 土木工事の為に使っている。
コイツがあれば 道路工事の工期を10分の1まで減らせるからな…。」
ヤマモトが オレに言う。
DLは 戦闘も行える 大型二足重機と言うカテゴリーの土木機械で、シャベルを手に持てば、穴を掘れ、銃を持てば 戦闘が出来る 非常に汎用性が高い機体になっている。
今では 土木作業と戦闘が必要な 開発途上国で普及しつつあるが、旧来のシステムがある日本では 扱えるエンジュニアも少ない事の他に 法律の問題もあり、国内では テスト用途に限られ、あまり普及していない。
「DLの搭乗資格の法律って 今は如何なっています?」
オレは ヤマモトに聞く…資格が取れるなら取って見たい。
「操作系統が全く違うんだが暫定的に パワーショベルに類する重機とされていて、DLの重量は 約5tだから『車両系 建設機械 運転技能講習』と『中型自動車免許』で動かせる。
流石に『大型特殊自動車』のナンバープレートの申請の時には 担当の人が ぶったまげていたけどな…。
で コイツは 2号機で 今、公道用に改造中…後は 装甲を閉じて終わり…。
「あ~先ほど 終わりました。」
ニックが言う。
「そっか それじゃあ…乗るよ…。
オレの機体だからな…。」
ヤマモトが、DLのコックピットブロックのパネルを開けてレバーを引くと、コックピットブロックからコックピットが後ろにスライドして 地面を押し上げる形で背中が起き上がり、ヤマモトが僅かな隙間から乗り込む。
『DLが動きます 作業員は 気を付けて下さい…。
シャッターを上げて下さい。』
倉庫に設置されているスピーカーから ニックの声が聞こえ、作業員が小走りで DLの近くから速やかに離れ、一人が シャッター横のボタンを押してシャッターを上げる。
オレも遅れてDLと距離を取った所で ゆっくりとDLが起き上がる。
DLは、猫背 気味のガッシリとした体型の黒いボディに、胸には コックピットブロックが貫通する形で取り付けられ、腕や頭、胴体は コックピットブロックの装甲部分にあるアタッチメントに接続されている。
更に 前面の肩装甲には ウィンカーがあり、後ろの装甲には ウィンカーの他に テールランプが付いていて、ケツと股間部分には 大型特殊自動車のナンバープレートが取り付けられている。
さっき言っていた改造は コレの事だろう…。
DLと距離を維持しつつ、外に出ると DLは屈伸、伸脚と準備体操を大真面目に始める。
「調子は良いみたいですね…」
ニックがやって来て言う。
機械が準備体操なんてバカバカしく思えるが、人の筋肉を再現した 人工筋肉で動いているDLは、筋肉の消耗や製品の微妙な誤差から来る パーツの噛み合わせの悪さを機体側で学習して修正してくれている。
その為の準備体操だ。
会社の門の前には 高校生が何人かDLを見に来ている。
多分、近くにある高校の授業が終わって 家への帰宅中に通りかかったのだろう。
ヤマモト機が学生に手を振り、前転、後転、跳び込み前転、飛び去り後転…とマット運動をして行く…。
コレは、4.5mの機体の位置エネルギーを利用した 転倒時の復帰機動になるが、本来、調整の為に ここまでする必要は無い…多分 ファンサービスだろう。
「うわっ…あんな事も出来るんですね~」
ニックがDLを見て言う。
「なっ」
側転にバク転…腕で機体を支えた時のバランス制御が優秀らしく、綺麗には見えないが ちゃんと出来ていて最後には 体操選手ぽいポーズを取る。
生徒達も思わず拍手をしている。
「はいはい…サービスは終了です。
倉庫に戻ってください~」
ニックが ヤマモト機に言って 倉庫に戻り、足を抱えて床に座る…駐機姿勢だ。
後部のコックピットがスライドして開き、中からニックが フラフラと降りて来る。
「良い機体だな…これでオレも…おっ…ちょっとトイレ…。」
ヤマモトが フラフラな足取りで 倉庫内にある男女共用のトイレに飛び込み、オロオロオロ…と、トイレの便器に 吐しゃ物を吐き出した。
まぁ あんなアクロバット軌道を取ったら三半規管が不自然しくなるだろう。
そんな訳で、入社前の挨拶周りを終えたオレは、600m程 離れた駅で電車に乗り、習志野の家まで帰って行った。