21 (救急救命士-パラメディック-)
ナオの報告から10分が過ぎた。
「はぁはぁ…」
身体が痛い…傷口はゼリーが血と反応して ゴムの様に固まったが、腹の神経がやられたのか、走り難い。
それでも傷口をガーゼとダクトテープで、キツく巻いたユキナは 走る。
これだけ 撃たれても如何にか動けるって 本当にパイロットスーツのお陰だ。
無事に戻れたら トニー王国のパイロットスーツを作ったメーカーに 感謝の手紙を出そう…。
見えた…ナオと倒れている 仰向けに倒れているオバサン…。
ナオは 木の枝2本で箸を作り、それを駆使して触れずに服を脱がそうとしている。
何をやっているんだ!!と言って、ナオに鉄拳制裁してやるつもりだったが、ナオの顔は 大真面目で必死だ。
「助かった…頼む」
「ああ…」
アタシは オバサンを見る…顔が青白い…血圧が低すぎる…。
オバサンの服を脱がせて 空いた穴に『チェストシール』を張り付けて空気と血を排出させて行き、鼻に『経鼻エアウェイ』をぶち込む…。
輸血が出来ない環境だと言うのに 貴重な血が抜けていて、血管がしぼんでいる。
処置が遅れた…助からない。
「なんで こうなるまで、放置していた!
血が抜けていなければ まだ助かったのに…」
アタシはふと、ナオに言ってしまう。
「オレが…男に生まれて来たからだ。」
ナオが噛み締める様に言う。
なるほど…これがナオの障害か…。
少なくとも、箸を使って 触れずに治療をするなんて言う頓知をこねくり回す位には コイツを助けたかった みたいだ。
傷は塞いで 血は 止まったが、もう抜ける血も無い状態だ。
そう思った所で パラメディックが 土の道を走って来る。
まだ助けられる。
アタシは オバサンを担いで 車道まで運び、アタシの近くで 止まったパラメディックからミハルが降車。
「早くこっちに」
アタシとミハルは、一緒に後部座席の中に オバサンを乗せ、ミハルは 治療に入り、アタシは 敵からの攻撃を受けた場合、移動出来る様に 運転席に乗り、ナオは 助手席に乗る。
ミハルは、後部座席に寝かされたオバサンの指の爪に脈拍と血中酸素濃度を測れるパルスオキシメーターを取り付ける。
血中酸素濃度は、血の中にあるモグロビンが どれだけ効率良く酸素を運んでいるかの値だ。
通常値が、95~100パーセント…呼吸がうまくいっていないと90を切り、70、80位まで落ちる。
計測した所、65…脈拍も弱い…ヤバイ…天使が迎えに来ている。
生理食塩水の点滴を打つ…。
大量の出血で血が抜け、血管も潰れていて、針が通しにくい…。
取りあえず、生理食塩水の輸液で、血管を膨らませて血圧を上げる。
次に酸素マスクを被せ、酸素を供給…。
これで しばらくは持つ…ただ、これだと血が薄まるだけで、赤血球が無いと酸素の運搬効率が改善されない…輸血が必要だ。
だが、コイツの血液型が分からない。
「ナオ…ネットでコイツの血液型を検索できないか?」
「そっか…あっ圏外…」
あ~だよな…本当に不運だな。
「分かった…」
今 必要なのは、赤血球…だからO型の血液だな。
0型の血液は、酸素を供給する赤血球を補給する為なら十分に使える。
ちなみに、栄養を各場所に運ぶ血漿ならAB型になる。
いずれも、必要成分を 化学的に抽出した血液になるので、事故リスクは極めて少ない。
と言う訳で、0型の赤血球を輸血…。
後は、赤血球が身体に回る前まで コイツが心停止せずに 生き残れるかだ…まぁ…多分 大丈夫だろう。
天使さん…まだ コイツをあの世に持って行かないでね…。
「応急処置は 終わった 私が運転する。」
「良いのか?」
ユキナが言う。
「ああ…と言うか、脇腹撃たれたヤツに ハンドルを握らせたくない。
怖いし…はい、痛み止め…」
「ありがと…助かるのか?コイツ?」
「多分ね…」
薬を飲んだ ユキナが後ろに移り、ミハルが運転席に座ってUターンをして走り始める。
「このまま、病院に救急搬送するのか?」
ナオが言う。
「いや、全部終わってからかな…」
「それまで持つのか?」
「近くの病院に搬送しても こことやる事は一緒…。
血が足りない中だと、塞いだ胸の手術は 出来ないだろうし…。」
土の地面からコンクリートの道路に入り、そこには グローリーが連れて来た人質がワンボックスカーの中に押し込められている。
「撤収作業に入ったな…。
こちらミハル…今、特殊清掃車両が向かった。
死体の積み込みを頼む」
『了解…』
今回は 死人が多い…エライ量になるだろうな…。
「で、オレ達は?」
「人質達を…あったここ…群馬中央病院で降ろす。」
ミハルは カーナビで検索を掛ける。
「ん?少し遠くないか?
大きな病院にしても もっと近くに…」
「怪我が銃創である以上、どこの病院に持ってっても 結局ここに運ばれる。
ここは 近くに自衛隊の駐屯地があるから、外傷に強い医者…と言うか、元衛生兵の予備自衛官も勤務している。
人質達の安全を確保する為のセキュリティに、如何 世間に報道するかの問題もあるから、そう言う面倒な所を考えても ここだな…。」
「なるほどね…」
「それじゃあ、行くよ…」
B部隊と特殊清掃員のC部隊を残し、オレ達を乗せたパラメディックと、人質を乗せた車が病院に向かった。
『えーオホン…施設内の皆様に警告します。
我々は人質を奪還し、主要な施設を制圧しました。
これ以上の犠牲は無意味だと判断します。
大人しく武器を捨て投降をして下さい。
今なら多少の便宜を図る事も出来ます。
繰り返します…我々は…』
ナオキ達が 残りの構成員がいる兵舎を包囲し、放送室を占拠した桃山が 構成員にスピーカーで 投降を呼びかける。
今、ワンボックスカーの荷台に死体袋に詰められた30人の死体が、指定の火葬場まで送られた。
死体袋が足りないから もう一度 補給が必要だし、特殊清掃員の方々に 火葬場まで何往復も運んで貰うのもご迷惑だ。
正直 火葬場の近くまで自分の足で歩いて貰って、そこで死んでほしい物だ。
俺とレッドを除いたメンバーは 次々と兵舎を制圧して行き、占領した場所を一般武装警備員であるB部隊に任せる。
さっきまで定期的に鳴っていた発砲音は もうなくなり、次々と武装解除した構成員達と それを監視する武装警備員達が 外に出て、一ヵ所にまとめられる。
構成員は 殺しをやったと言うのに ビクついている。
「まぁこんなに仲間が死体になって、流石に懲りただろう。」
俺はフルフェイス ヘルメットを外す。
「あっ…コーディネーター……と言う事は 潜入捜査だったって事か…。」
何処か見た事がある元浮浪者の構成員が言う。
「そ、俺はコーディネーター…。
人生の博打に成功した気分は如何だい?」
「これが成功?」
構成員達は周りに散らばっている死体を見て言う。
「そ、成功…戦況を見極めて 戦わずに 投降した。
コイツらには 出来なかった事だ。
真面目で優しい人間は食い物にされる…アンタ達の様にな…。
さあ、解散だ解散…もう闇バイトなんかに手ぇ出すなよ」
「逮捕しないのか?」
「俺達は特戦…自衛隊だ…警察じゃない。
裁判所からの逮捕状も出てないしな…。
ただ、事後処理の為に警察が来るから 現行犯 逮捕されるかもな…」
「なっ…」
構成員達は 兵舎に向かい、自分の荷物を持って すぐに下山を開始した。
「良いのか?」
蒼井が言う。
「良いの…根本が貧困だから ぶち込まれて 出所したら経歴がガタガタになって また やらかすだろうし…」
「警察は 来ないだろうに…」
「まぁ そうなんだけど、アイツらを 追い出すには これが一番だ。」
俺は にやけた顔で ブルーに言うのだった。
群馬中央病院…。
ナオ達は、病院で人質の全員を降ろす。
ミハルが言った通り、周辺には自衛隊の施設があり、銃で撃たれたと言うのに 医者の対応が非常にスムーズだ。
オバサンは 回復を待って、穴を塞ぐ手術…。
他は、カウンセリングなどのメンタルの治療だ。
病院を出る頃には、現場では 大量の死体を詰め込んだワンボックスカーで、ピストン輸送が始まっている。
一般武装警備員のB部隊は、乗るスペースが無く、しばらくは 現場で足止めになるだろうな…。
「はぁ…終わったな…」
「そうだね…ミハル…すまん。」
「あ?色々と不運が重なっただけさ…。
帰ったらユキナの身体に入った弾の摘出もしないと行けないしな…」
後部座席で寝ている ユキナは、今、38℃の熱を出していて、隣には グローリーが座っている。
骨折とかで起きる 吸収熱ってヤツかな…まぁ身体に穴を開けられたんだから当然か…。
「さっ…無傷とまでは行かなかったが、こちらに死者は出なかったし…戻るぞ。
ユキナが回復したら皆でパーティだ。」
「そうだな…」
オレはそう答え、パラメディックは 埼玉県の春日部に向けて進みだした。




