20 (尊厳死)
「これから ナオ達 3人で、あなた達を車まで案内します。
銃声がなったら すぐに その場に伏せる事、指示をするまで勝っ手に頭を上げない事。
窓を出たら小走りで、森の中に入ったら 急がないで、ゆっくりとペースを保つ事…。
ゴールまで500m位、高低差があるとは言え 20分も かかりません。」
オレが人質達に言う。
お荷物輸送…訓練で10時間歩かされたオレより数倍はマシの環境だ。
「さっ…外までは 俺達も見送ります。
脱出ルートは ちゃんと確保していますから…」
ナオキが 外を確認しながら そう言い、F-2000を構えて窓から出る。
続くのは、20式小銃を装備したブラックとピンク…。
ブルーとイエローは、人質が通り易い様に M4のストックで窓のガラス片を排除している。
「クリア…行きますよ」
ナオキの合図で オレ達は窓から外に出て、小走りで森まで走る。
先頭がオレ、人質が真ん中に入り、グローリーとユキナの2人が後ろを向いて銃を構えながら 後方を支える。
が…。
ライフル弾の発砲音が2発…。
ユキナが右腹に手を当てて何かに躓た様に転ぶ。
「あがっ…」
「狙撃?
皆 走って!森の中に!」
グローリーが言うと人質が全速力で走り出す。
ただ、木を倒して出来たトラック1台が通れる位の土の道路では無く、人質達は 遮蔽物が多い隣の森の中に入る。
「あっクソっグローリー…ユキナは?」
オレがグローリーに聞く。
「見捨てます…自力帰還」
「了解…」
撃たれたユキナは すぐに木の後ろに隠れたので、当分は大丈夫だろうが…。
「こちらナオ…フェミのオバサンが、走って行った。
追いかける…グローリー、後は頼む。」
『あ~了解…グローリーは 任務続行…』
「了解」
撃たれた?
傷口が焼ける様に熱い…身体に力が入らない…力が抜ける。
細かい傷は いくらでも負った事があるが、本格的に撃たれるのは これが始めてだ。
ユキナは 右手で傷口を抑えて 地面に倒れ、転がる様に木の後ろに隠れる。
傷を確認…弾は アタシの右腹部に当たり、パイロットスーツの防弾機能で大幅な威力減衰をし、合成ハイドロゲル層とシリコン層を破り、身体に侵入した。
パイロットスーツの背中側が破れていないと言う事は、弾は まだ体内か…。
アタシは 傷口を強く押し付け、破れたパイロットスーツから 合成ハイドロゲルが体内に入れる。
血液と反応して瞬時に硬化…傷口の止血が始まる。
あ~応急処置キットで アレコレするより、こっちの方が 遥かにラクだ。
仰向けで、ぶっ倒れた方が 硬化が早くなるか?
アタシは仰向けになる…周りに生えている草が良い感じに カモフラージュになってくれるだろう。
アタシの心臓の鼓動が どんどん早くなる…血圧の低下を防ぐ為だ。
だが、血が抜けて行く中で 血の供給量を上げた所で、大量出血で死が早まるだけだ。
早くだ…固まれ、固まれ…アタシは腕時計のデジタル表示を見る。
13:52分…13:52分…ちゃんと時間を認識出来る…まだ頭に余裕がある証拠…パニクってない。
これが余裕がなくなると、時計の数字が認識出来なくなり、一桁の足し算ですら困難になる。
大丈夫、大丈夫…意識を落ち着かせろ…。
「ふう…ふう…」
深呼吸する…だが、呼吸が荒い。
「はぁ~こちらユキナ、右腹部を撃たれた。
太い血管をやられた 出血が多い イタッ…現在、パイロットスーツにより止血中…。
戦闘不能、自力帰還は可能…ただ、敵を如何にかしてくれ…」
自分の症状を客観視する様に冷静に報告をして行く…。
『こちらユイ…カウンタースナイプに成功…。
すみません。
如何やら遠隔操作型のセントリーガンの様です。
熱源センサーには 反応しませんでした。』
「そりゃ無人だからな…。
あ~合成ハイドロゲルが効いた…止血に2分は掛かったかな…。
アタタ…自衛は出来るが、ゆっくり帰還する。
余裕があるなら回収に来てくれ」
アタシは落としたTEC9を拾いながら言う。
『了解…』
『こちらナオ…ユキナか、ミハルへ…。
緊急だ…すぐにオレの地点に来てくれ』
「あっ?」
ナオからの救援か…全く負傷者だってのに…アタシをコキ使いやがる。
アタシは ナオの無線を聞きながら、傷口をガーゼとダクトテープで、キツく巻き、ゆっくりと立ち上がり、歩き出した。
ナオは 全力疾走で 必死に逃げている オバサンの後を追う…。
確かに狙撃からは 逃げられるだろうが、森の中に 対人地雷が埋まっている可能性も十分にある…。
偵察が済んでいるとは言え、まだ半日の短時間…。
漏れがある可能性は十分にあるし、だからレッド達は トラックの移動ルートの周辺を念入りに調べていた。
レッドが指定した脱出ルートから外れるのは、それだけで 危険度が上がって来る。
そして、オバサンは 倒れた。
また狙撃か?…いや、音はしなかった…狙撃では無い。
銃を構えて 十分に警戒しつつ オバサンに近寄る。
「なっ…」
オバサンの胸の下辺りに血…多分、被弾…背中からは 血が流れている。
多分、ユキナと同時に撃たれて 血を流しながら そのまま走ったな。
「おいオバサン…大丈夫か?」
「………。」
意識無し…呼吸が浅く…顔の色も血の気が引いている。
失血の兆候…早く傷を塞がないと危ない…。
オレは 応急処置キットを取り出す。
対処法は、鼻に『経鼻エアウェイ』を突っ込んで 気道を確保し、胸に空いた穴に『チェストシール』を張り付けて 中の空気や血液を逃がして 肺や心臓への圧力を下げれば OKだ…うん、手順は頭に入っている…訓練通りに やれる。
オレはゴム手袋をする…そして…服を…服を…。
『いやぁ触らないで変態…男に触れる位なら死んだほうがマシよ!!』
『男に触れる位なら死んだほうがマシよ!!』
治療するには オバサンの肌に触れるしかない…でも、このオバサンは男に触られる位なら死んだ方がマシと言っている。
これだと 治療が出来ない…いや、死んだ方がマシなのだから、本人の希望通り、治療せずに死なせてやるのが 良いのか?
救う…救わない…本人の希望に沿う…沿わない…思考がグルグル巡る…血が流れている…肺が圧力で圧迫されている。
治療しないと死ぬ…でも、本人は治療を拒否している。
オレが女なら悩まず治療が出来たのに……女か…。
『こちらナオ…ユキナか、ミハルへ…。
緊急だ…すぐにオレの地点に来てくれ』
『あっ痛っこちらユキナ…如何した?』
「オバサンが撃たれた…胸の下に穴…出血、意識無し、呼吸あり…肺が圧迫されている可能性あり…」
『訓練を思い出して落ち着いて対処しろ…ちゃんと出来てた だろう。』
ユキナが落ち付いた声を作って言う。
『いや、出来ない…本人から治療を拒否されている。』
『は?拒否?…ん?意識が無いのにか?
とにかく、はぁ…今、向かっている』
パラメディック(指揮通信車)…。
ナオの様子が不自然しい…。
普段なら、教えた事を機械の様に充実に実行するはずだ。
患者の被弾ヶ所の難易度は高いが、応急処置の訓練では 何度もやっている。
パニックを起こしている訳じゃないのに 治療が出来ない。
と言う事は アスペルガー症候群 特融の何かしらの思考ロジックにハマっているのか…。
「こちら、ミハル…何故、本人から治療を拒否されている?」
早く原因を特定して ナオに治療させないと患者が死ぬ。
『男に触れる位なら死んだほうがマシだそうだ』
「あ~一発で理解した…」
尊厳死…人が人としての尊厳を保って死に臨む事…。
末期がん患者などの 治癒の見込みのない人々が、人間らしい生活を送り、尊厳を保ちつつ最期の時を過ごすための医療…終末期医療…。
通常なら、生きてる限り命を救わなければ ならないのだが、本人が望むなら死なせる事もある安楽死…。
しかも 厄介なのは、患者は意識不明で、事前に自分の死について言及している事…。
彼女の尊厳を守るなら 男性であるナオは治療せず、患者を死なせるべきだ。
逆に ここで治療をしてしまったら、男性嫌悪の彼女の尊厳を破壊してしまう。
彼女の尊厳を守りつつ 治療をするには、女性に治療をさせるしかない。
「全く面倒な事をしてくれた…」
彼女の言っている事を こちらの都合で嘘とする事は 出来ない…。
それを嘘にしてしまったら、医師の都合で 本人の意にそぐわない『医師による自殺幇助』をしている事になってしまう。
記録に残っていない言動は 無効だと言うか?
でも、ナオのヘルメットに取り付けられているカメラには、その時の状況も記録されている。
私でも このロジックは解けない…。
いや、医者、患者、家族など どれが正しい言動と考えるかで、解が真逆にもなる。
そして、それを判断している この私の判断も正しいかも問われる問題だ。
理屈ベースで動くナオを動かせるロジックが見つからない。
「あ~もう、運が悪かったね~としか…」
ナオの前で軽率な事を言わなければ、狙撃されたらその場に隠れていれば、血を出していたのに逃げなければ、そして、彼女を追ったのが ナオじゃなければ…本当に運が悪い…。
私は パラメディックをバックさせて、ハンドルを回し、アスファルトの道から、山への土の道に乗せて車を走らせた。




